作家の命日に文学的業績をしのぶ文学忌。3月13日、新たな忌日が加わった。「野想(やそう)忌」。昨年83歳で亡くなったミステリー作家内田康夫さんをしのぶ▼名称は雅号やペンネーム、代表作などにちなむことが多い。しかし、内田さんの場合は違う▼生前、自費出版で世に出た自身を野草に重ね、温かい視線を注いでいた。ピアノ好きで「ノクターン(夜想曲)が自分の曲だと言っていた」と妻の早坂真紀さんは語る。駄じゃれ好きだった故人の名前の響きにも近い。常に新しい言葉を生み出してきた姿を重ね、造語が生まれた▼かつて本紙でも小説を連載、35年にわたる作家生活で163作品、累計1億1千万部超を送り出した。にもかかわらず「自分は華々しい文壇の世界を外側から見ているようだと語っていた」とも▼他紙で朝刊小説連載中の4年前、脳梗塞に倒れ、休筆宣言とともに完結編を公募した。「世に眠っている才能の後押しができれば」との期待に応えた新人作家の作品が、このほど出版された。リハビリをかね、夫妻で詠み続けた短歌も近く一冊にまとめられる▼初めての野想忌には、出版社や新聞社の担当編集者の「同窓会」が開かれた。遺影を前に、語られるエピソードは尽きなかった。草のように芯の強い作家の背中は、今も広く大きい。