近江八幡市がコンピューターグラフィックスで再現した安土城天主

近江八幡市がコンピューターグラフィックスで再現した安土城天主

安土城の天主跡。天主が倒壊したのはこの北東側とみられている(滋賀県近江八幡市安土町)

安土城の天主跡。天主が倒壊したのはこの北東側とみられている(滋賀県近江八幡市安土町)

 安土城跡(滋賀県近江八幡市安土町)の昭和、平成の大調査に続く令和時代の発掘調査計画を定める滋賀県の検討会議が28日、大津市内で初めて開かれた。炎上した天主(天守)が倒壊した先とみられる天主跡北東側の発掘を検討していることが分かった。天主のしゃちほこや屋根瓦、金具、柱の焼け残りなどが出土する可能性があるという。

 5層7階とされる天主は織田信長が討たれた本能寺の変(1582年)の直後に焼失し、資料がほとんどなく構造は長年謎とされている。天主跡地に残る礎石の傾き具合から倒壊した方向とみられる北東側は未発掘だった。

 関係者や学識者らが出席した初会合で、滋賀県は発掘の方針を定める城跡整備基本計画の目次構成案を示し、「令和の調査整備計画」として「本丸北側(天主跡北東側)の調査および本丸外周の調査整備」を第一に挙げた。発掘が長期になる可能性も示唆した。

 昭和の大調査は1960~75年、平成の大調査は89~2008年に行われ、15年以上の長期調査だった。城跡は安土山に広がっており、特別史跡の指定範囲の2割程度しか発掘調査が進んでいない。

 滋賀県は10月に予定している第2回会合で計画案の骨子を示し、文化庁や城跡所有者の意向を確認しながら、来年度末までに基本計画を策定する。

【安土城】
織田信長が1576(天正4)年に築き始め、1579年には天主を完成させて移り住んだ。本能寺の変直後の1582年6月に何らかの理由で天主をはじめとする主郭部分が焼け落ち、1585年、豊臣秀次の八幡山城築城とともに廃城となった。

 滋賀県は2026年度の築城450年祭に向けて城の実像を明らかにし、目に見える形で復元するとして、三日月大造知事の発案で2019年4月「『幻の安土城』復元プロジェクト」事業を立ち上げている。ただ、城の構造・外観を伝える史料がほとんど見つかっていないなど多くの課題がある。