春の訪れを風で感じる人は多いだろう。風向きにも繊細な先人の感覚は季語に残る。南風の春一番や東風(こち)、西風は貝寄風(かいよせ)、仏教にちなむ涅槃(ねはん)(彼岸)西風(にし)…▼きょうは彼岸の入り。春分の日を中日として前後3日間、寺の彼岸会や墓参の光景に会う。彼岸は現実の世界(此(し)岸)に対し、悟りの世界(西方浄土)のこと。そこに至る方法を説いた仏教の事柄が中国で先祖供養と結びつき、日本では具体的な行事になったと聞く▼この時節、亡き人への思いはより強くなる。あの日から8年が過ぎた東日本大震災である。最愛の人を失った被災者の心の奥は今もうずく▼その癒えない痛みに、批評家若松英輔さんは寄り添う。「悲しみは死者を傍らに感じている合図。悲しみこそがその存在を保証する」(「魂にふれる―大震災と、生きている死者」)▼亡き人との「共生」を語り、そっと後押しする。自身もがんで妻を失くし、古今の哲学者や万葉歌人らの文言を頼りに思い至った。若松さんの言葉は重く、思索は深い▼震災前、テノール歌手による曲「千の風になって」が大ヒットし、今も歌い継がれている。肌に触れる風で亡き人を思う―。そんな願いが共感を呼んだのだろうか。墓前でしのぶような形ではないが、その心は同じ。故人との縁に支えられている。