関係者だけで営まれた440回忌の明智光秀公追善法要(大津市坂本5丁目・西教寺)

関係者だけで営まれた440回忌の明智光秀公追善法要(大津市坂本5丁目・西教寺)

 戦国武将明智光秀の命日とされる14日、光秀ゆかりの西教寺(大津市坂本5丁目)で「光秀公追善法要」が開かれた。今年は440回忌にあたるが、新型コロナウイルス禍のため一般参拝はとりやめ、講演などの開催も中止した。

 法要は、光秀ゆかりの人や研究者、歴史ファンでつくる「明智光秀公顕彰会」が毎年催している。光秀は比叡山焼き打ちのあと、荒廃した西教寺の再興に努めた、とされ、境内には明智一族の墓がある。

 法要は西教寺の武田圓寵(えんちょう)貫首が導師を務め、僧侶が読経をあげ、同会の役員らが焼香した。武田貫首は「徳川家は、光秀公を忠孝の論理で逆賊とした。忠孝を超える理論は、生きていく上での正しい道。新しい光秀像が受け入れられるようになった」と話した。