発掘された平安京最大園の荘園に関わる遺構(京都市右京区・西院小)

発掘された平安京最大園の荘園に関わる遺構(京都市右京区・西院小)

 平安時代から摂関家が有し、平安京内で最大の荘園「小泉庄(こいずみのしょう)」に関わる建物跡2棟が、京都市右京区の西院小で見つかったと、市埋蔵文化財研究所が15日発表した。宅地が耕作地(荘園)化する前の足跡もあり、都の主要路「道祖(さい)大路」(現春日通、佐井通)を削り、京内最大級の人工河川を通してまで排水処理しようした苦心も分かる。水はけや湿地に悩まされて都市域を縮めた右京の変転を物語る遺構としている。

 小泉庄は、鎌倉時代の史料「拾芥抄(しゅうがいしょう)」西京図などに載る荘園地。平安後期の11世紀後半頃に成立し、藤原摂関家が伝領したとされる。上級貴族邸宅が1町(120メートル四方)ほどだったのに対し、右京で計62町の広さに及んだという。

 市埋文研によると、関わる建物跡が見つかるのは初めて。調査地では900基以上の柱穴があり、少なくとも南北に並ぶ2棟(東西14メートルと南北11メートル、東西8・5メートルと南北7・5メートル)が復元できる。11世紀末から鎌倉前半の13世紀頃まで存続し、同じ規模と配置で建て替えられていたという。管理者のいる建物「荘家」や倉庫を想定できる。

 さらに、荘園になる前の遺構も残っていた。調査地東端には、都が造営された8世紀末ごろからあった道祖大路を掘削した「道祖川」の一部と、道の西側溝を広げた溝があった。

 右京の基幹排水路「西堀川」(最大幅5・6メートル、最大深1・6メートル)が10世紀代に雨の土砂などで埋まった代替措置という。幅24メートルの大路を削り、道祖川(幅14メートル、深さ1・8メートル)、溢水を流す溝(幅5・4メートル)、残存道(同4・4メートル)へ同じ頃に改めたとみる。

 市埋文研は「大路を京内最大級の人工河川に変えたのに、10世紀後半には土砂で埋まってしまう。その後の耕作地化の流れを含め、水に向き合った右京ゆえの変容を如実に物語る」とする。西院小の新校舎建設に伴い、平安京右京四条三坊三町に当たる約1150平方メートルを6月末まで調査している。現地説明会は開かない。