試作に使った調理器具を前に、当時を振り返る水野さん(左)と小川さん

試作に使った調理器具を前に、当時を振り返る水野さん(左)と小川さん

デリソフターで舌や歯茎でつぶせるほど柔らかくなった食材。見た目や味はほとんど変わらない(11日午後、京都市下京区・ギフモ)

デリソフターで舌や歯茎でつぶせるほど柔らかくなった食材。見た目や味はほとんど変わらない(11日午後、京都市下京区・ギフモ)

デリソフターで柔らかくした食材(手前側)。調理前(奥側)と比較しても、見た目はほとんど変わっていない

デリソフターで柔らかくした食材(手前側)。調理前(奥側)と比較しても、見た目はほとんど変わっていない

 介護が必要な状態になっても食事は楽しみの一つだが、かむ力やのみ込む力が衰えると味わうこともままならない。安全性を重視し、のみ込みやすくするためにとろみをつけたり、食材を細かく刻んだりすると食感や見た目も変わる。介護する側にとっても調理の負担は大きく、ストレスの要因になる。双方の悩みを少しでも軽減するため、京都のベンチャーが開発したのが介護食の調理家電。考案したきっかけは、女性社員が1年半にわたって経験した父の介護だった。

 ブロッコリーや揚げ物が舌や歯茎でもすぐにつぶれるほど柔らかくなった。見た目や味は変わらない。

 使用したのは、パナソニックの社員が立ち上げたギフモ(京都市下京区)の「デリソフター」。圧力鍋の仕組みを応用し、穴を開ける装置で繊維質を断つとともに高圧力と蒸気で食材を柔らかくする。冷凍食品や総菜にも対応できる。昨夏の発売以降、順調に売り上げを伸ばしている。

 考案者の一人、小川恵さん(50)=滋賀県草津市=は、父松司さんの介護を経験した。松司さんは80歳の時に誤嚥(ごえん)性肺炎で入院した。のみ込む力が低下し、退院後は小川さんが手探りで介護食を作った。長時間煮込んだり、食材を細かく刻んだりしたほか、市販の介護食も使って試行錯誤した。

 しかし松司さんは拒んだ。「こんなエサみたいなもん、なんで食べなあかんねん」。小川さんが栄養や父の好みを考えて作っても、介護食は見栄えがしない。父の気持ちは痛いほど分かるが、同じことが10日も続くと限界だった。「どんだけお金と手間をかけてると思ってんの」。言ってはいけない言葉が口をつく。松司さんも反論する。「もう死んだ方がまし」。家族だんらんの場だった食卓の風景は一変した。

 小川さんは職場の先輩だった水野時枝さん(56)=大阪市=に相談した。水野さんは2003年に当時の長寿世界一で亡くなった本郷かまとさんの孫に当たる。水野さんは、かまとさんから「食べる喜びは生きる喜び」と言われたことを、小川さんに伝えた。

 2人は手軽に使える介護食を作る家電開発の企画を社内コンテストで提案した。幹部から高い評価を得たが、商品化に必要な一定の売上高計画は示せなかった。一時はあきらめかけたが、同僚で現在の社長、森実将さん(37)=神戸市=ら賛同者が増え、改めて事業化を目指した。熱意が実り、ファンドの支援が決まり、19年4月にギフモの設立にこぎ着けた。

 デリソフターは、高齢者だけでなく脳性まひの子どもたちの食事にも役立つと反響を呼んだ。森実さんは「同じ料理を食べることは、人生の一部を共有することでもある。ニッチな分野だからこそ、創造する価値がある」と感じる。

 小川さんの父松司さんは、商品化前の16年12月に82歳で亡くなった。生前、「俺の食事のことで迷惑かけたなあ。すまんな」とこぼした姿が小川さんの心に今も後悔として残る。「介護をする人もされる人も、ごめんとしか言えないことが多い。父には間に合わなかったが、介護の我慢をありがとうに変えたい」と力を込める。