花が供えられた西陣空襲の惨事を伝える石碑(京都市上京区・辰巳公園)

花が供えられた西陣空襲の惨事を伝える石碑(京都市上京区・辰巳公園)

「西陣空襲」の被害の様子を伝える写真

「西陣空襲」の被害の様子を伝える写真

爆弾投下時刻に石碑に手向けられていた一輪の花(26日午前9時40分、京都市上京区・辰巳公園)

爆弾投下時刻に石碑に手向けられていた一輪の花(26日午前9時40分、京都市上京区・辰巳公園)

 太平洋戦争末期に京都市上京区の住宅密集地が爆撃された「西陣空襲」から26日で76年を迎えた。当時を知る住民が高齢化する中、戦災跡地にある辰巳公園では、戦後生まれの人たちが惨事を伝える石碑の前に花束を手向けて、記憶の継承を誓った。

 西陣空襲は1945年6月26日午前9時40分ごろに起きた。京都府警察史によると、米軍機B29が爆弾7個を投下して43人が即死、66人が重軽傷を負い、建物292棟が全半壊するなどした。市内では東山区馬町と右京区太秦も空襲を受けたが、犠牲者は西陣空襲が最も多かった。

 石碑は戦後60年に当たる2005年、非戦災都市と言われる京都で空襲があった事実を後世に残すため、空襲で自宅が倒壊した磯崎幸典さん(92)=上京区=ら有志が私費で建てた。戦後70年の2015年に献花式を行って以降、高齢化で組織だった催しは行っておらず、磯崎さんも最近は外出を控えているという。

 この日は早朝から紫色の一輪の花が石碑に添えられていた。正午には公園の愛護会メンバーで近くに住む北川展之さん(74)が白いキクの花束を献花。現地でたまたま遊んでいた親子らに西陣空襲の概要を伝え、一緒に黙とうをして犠牲者の冥福を祈った。

 北川さんは、一輪の花について「当時を知る方が供えられたのかもしれない」とした上で「碑には先人の思いが詰まっている。戦後生まれの私たちも記憶にとどめることが大切だ」と話した。