約3千年前にサメに襲われた痕跡が確認された人骨。いくつもの三日月型の傷が見える(30日、京都市左京区・京都大)

約3千年前にサメに襲われた痕跡が確認された人骨。いくつもの三日月型の傷が見える(30日、京都市左京区・京都大)

約3千年前にサメに襲われた痕跡が確認された人骨(30日、京都市左京区・京都大)

約3千年前にサメに襲われた痕跡が確認された人骨(30日、京都市左京区・京都大)

 サメに人が襲われた最古の直接証拠が、岡山県の貝塚で発掘された約3千年前の人骨にあった-。そんな研究成果を、京都大などが30日発表した。掘り出されて約100年、千人を超える研究者が目にしてきた人骨からの新発見。英オックスフォード大から京大に来ていた大学院生アリッサ・ホワイトさんのお手柄で、京大の研究者は「傷があることは知られていたが、誰も深く探究しなかった。サメのかんだ痕と言われ『しまった。そうだったのか』と思った」と苦笑いする。

 航海の開始以来サメによる被害はあったとみられるが、これまで直接証拠としては、プエルトリコで発掘された千年前の人骨が世界最古だった。今回の発見は、2千年ほど記録をさかのぼることとなる。日本国内における先史時代での捕食による死亡例としても、初めての確認となるという。

 当該の人骨は1919年に津雲貝塚で見つかった。右脚や左手の部分は欠損している。35~45歳の男性で、身長は当時の縄文人としては標準的な158センチ。発掘時の写真からは、ほかの遺体と同じように屈葬されている様子が分かるという。人骨は京大が保管し、多くの研究者が見られる状態だった。

 京大理学研究科の中務真人教授によると、ホワイトさんは2017年ごろ人間同士での闘争について関心を持ち京大にある人骨を調べていた。その中で同研究科が保管していた当該の人骨を見て、人間が原因の傷にしてはしつようで、傷のタイプが似通っていることに疑問を持った。英国に帰ってからサメの専門家らとも研究を続けた後、同じ方向に走る傷の形状などから、サメのかんだ痕だと判断した。解析すると、全身で約800に及ぶ傷が残っていることも分かった。下半身に傷が多く肉の多い部分が狙われたとみられる。

 襲ったのは、ホオジロザメかイタチザメと考えられるが、サメの歯は回収できなかったため特定には至らなかった。中務教授は人骨が埋葬された背景について「遺体は漂着した可能性がある一方、仲間がサメから取り返したのかもしれない」と推測する。研究成果は、英学術誌にこのほど掲載された。