保津川を進む川下りの船(京都市右京区、2017年5月20日撮影)

保津川を進む川下りの船(京都市右京区、2017年5月20日撮影)

石垣や階段が残る元普甲道の毛原峠(福知山市大江町毛原)

石垣や階段が残る元普甲道の毛原峠(福知山市大江町毛原)

 文化庁がこのほど発表した「歴史の道百選」の追加選定で、京都府内では亀岡市と京都市とを結ぶ「保津川水運」と「山陰道-唐櫃越(からとごえ)・老ノ坂」の2カ所が選ばれた。また、選定済みの「宮津街道-普甲峠越」(宮津市-福知山市大江町)に「毛原峠」(同町)が追加され、名称は「宮津街道-今普甲道・元普甲道」に変更された。

 「山陰道-細野峠越」(福知山市三和町)もすでに選定されており、府内では計4カ所となる。
 保津川水運は宇津根橋(亀岡市)-渡月橋(京都市)間の約13キロ。古くは京都への材木輸送路で、江戸時代に角倉了以が開削した。物流の主役を鉄道や自動車に譲った明治以降は保津川下りとして観光に活用されている。保津川遊船企業組合の豊田知八代表理事(53)は「現在も角倉了以の設計した石積みで水路は確保され、世界に知られる名所となった。角倉の功績に注目が集まる契機になれば」と期待する。
 唐櫃越は約11キロ(亀岡市篠町-京都市西京区下山田)、老ノ坂は約6キロ(亀岡市篠町)を選定。都と丹波地方を結んだ幹線道路で、本能寺の変では明智光秀の進軍コースにもなったとされる。近年では地元自治会による案内看板設置など散策ルートの整備も進み、亀岡市文化資料館の鵜飼均館長は「光秀を主人公とする大河ドラマが来年放映され、ハイキング客も増える。地域と協力し、アピールしていきたい」という。
 宮津街道では、今普甲道(5・3キロ)に加え、元普甲道の毛原峠(330メートル)が新たに選定された。平安時代から江戸時代初期まで丹後地方への主街道であり、安土桃山時代の剣豪岩見重太郎の敵討ち伝説にちなむけさ切地蔵や、岩をまつる大岩神社が残る。
 地元では古道を復活させようと、倒木の撤去や除草などの整備に取り組んできた。毛原地区の櫻井一好自治会長(68)は「古くから多くの人が使ってきた道。昔の風情が残る景色を楽しんでほしい」と話していた。