「履ける靴ではなく、履きたい靴を履く」とほほ笑む田中典子さん(京都府京丹波町)

「履ける靴ではなく、履きたい靴を履く」とほほ笑む田中典子さん(京都府京丹波町)

 品のあるえんじと桃色の格子に、扇子のイラストがちりばめられている。この落ち着いた和柄があしらわれているのは、義足だ。田中典子さん(54)=京都府京丹波町=は着物が好きで、和装にも合うようにと息子がデザインを考えてくれたという。

 京都府京丹後市出身。生まれつき左手指の一部と左足に障害があり、義足で生活を送っている。4年前、田舎暮らしができて京阪神へアクセスの良い京丹波町へ住まいを移し、昨年2月に再婚した。

 近年に比べると障害への理解が乏しかった約30年前、当時の結婚相手の両親から猛反対を受けるも、結婚して3人の息子を育て上げた。「障害があるから普通じゃないと思われるのが嫌で、とにかく必死だった」。長い間、障害のある自分のことを好きになれなかったと振り返る。

 「当時は私に障害があるからという理由で結婚を反対されたのがすごく悔しかった。でも今、自分が親になって考えてみると、確かに自分の大切な息子が障害のある子を連れてきたら、同じように心配になると思う。反対してた人が悪いんじゃなくて、障害についての情報がないのが悪かったんやなって気がついた。義足というものがまだまだ見慣れない物だから不安になるんだと思います」

 考えを変えるきっかけをくれたのが、大阪府大東市の大手義足メーカー「川村義肢」とその顧客が企画した女性義足ユーザーの交流会「ハイヒール・フラミンゴ」だった。

 普通の人にとっては何の変哲もない、好みのハイヒールを選ぶことや、ペディキュアを塗ること、砂浜を歩くこと-。義足の女性がやりたかったことを一緒にかなえる活動は徐々に輪を広げ、昨年3月にNPO法人化。自分らしく生きることを認めてくれる仲間と出会えたことで、気持ちが前向きになった。

 記念写真だけで済まそうかとも考えたが、「ハイフラ」メンバーの後押しを受け、念願だった式を初めて挙げることに。新型コロナウイルスによる2度の延期もあったが、11月に挙式を予定している。左手指の義手を製作してもらい、20代のときにはできなかった、左手の薬指に指輪をはめる夢をまた一つかなえる。

 「健常な右手の型を石膏で取って、作ってもらった。最初はすごくきれいな手になったので、50代の自分に合わせてしわとか浮き出た血管を付けてもらいました(笑)」

 ネイルもしたかったので、爪もつけてもらった(爪部分はオプションなので自費)。「結婚指輪ももちろんうれしいけど、お葬式の時なんかは、手が目立つ手を合わせる行為が苦手だったので、義手の存在はうれしいと思う」

 田中典子さんは「『障害』ではなく、一人の『個性』として生きていけるまで、50年かかってしまいました」と語る。ハイフラは今年、これから切断手術を控える女性に寄り添う仕組みづくりへと活動の裾野を広げるといい、「私も力になりたい」と前を向く。