1951年7月11日、京都府亀岡市の山中にあったダム「平和池」が、豪雨のため決壊し、下流の集落を壊滅させた。114人もの人命が犠牲となり、被災地では「平和池水害」として語り継がれているが、全国的には知る人も少ない。被災70年の今夏、京都新聞社丹波総局(亀岡市)の記者は、被災者や遺族たちの証言を集めた。目の前で家族を流された人、瀬戸内海まで流された母の遺体を引き取りに行った人…。8人の証言から、70年前の大災害を長く記憶にとどめたい。