京都西山高3年の清原(左)とノックを打つ吉田監督(2009年)

京都西山高3年の清原(左)とノックを打つ吉田監督(2009年)

 東京五輪の開会式に先立ち、21日から福島県でソフトボールが始まる。「私のベースをつくってくださったのが吉田監督。互いを思いやり、助け合う『お互いさまの心』は今でも忘れていない」。捕手の清原奈侑(30)は、京都西山高時代の恩師で、2019年3月に69歳で亡くなった吉田茂樹監督の教えを胸に、開幕戦に臨む。

 中学まで投手だった清原は高校で初めてマスクをかぶった。その才能を見抜き鍛え上げたのが、自身も捕手だった吉田監督だ。1973年に西山高に赴任してソフトボール部を設立。40年間の指導で全国高校総体や全国選抜を制した。「人に恵まれよ。その前に克己、自分を磨け」と説き、他者に愛される人間教育を志した。


 「私生活の全てがプレーに表れる」とし、身だしなみや言葉遣いも細かく指導した。清原は「素晴らしく厳しかった。寮の中でしゃべってはいけないルールがあって、アイコンタクトで心を通じ合わせていた」と苦笑する。清原の担任でコーチだった高橋香織さん(45)は「監督は部員の誕生日に必ずケーキと手書きのメッセージカードを贈った。母の日には『お母さんや寮母さんに渡せるように』と一人一人にカーネーションを渡していた」と懐かしむ。


 吉田監督は晩年まで病と闘ったが、入院中も練習メニューをコーチに託し、指導を続けた。同高を退職し、母校の龍谷大の監督を務めていた18年12月、教え子の呼びかけで「古希記念パーティー」が開かれた。OGの宮本青さん(43)は「控室では酸素吸入器を付けていたが、集まった約220人の前では見せなかった」。壇上では「人の財産は人」と最後の教えを語った。


 京都西山高出身の五輪代表は北京大会の狩野亜由美さん、江本奈穂さんに続き3人目。捕手では初となる清原は「球の捕り方、投げ方、リードの方法など全部。私のベースとなるものを教えてくれた」と感謝する。吉田監督が掲げたチームの信条は「おかげさま、お互いさまの心」。清原は「仲間がミスしても自分がカバーすることだったり、私がミスしても仲間がカバーしてくれるのは、お互いさまの心につながる。私も誰かに助けられているという思いは常に持っている」。一丸となって金メダルを目指す。