学校近くの恵解山古墳をバックに走る長岡第三中陸上部員たち。在籍当時の山西選手は先頭で引っ張るタイプではなかったという(長岡京市久貝2丁目)

学校近くの恵解山古墳をバックに走る長岡第三中陸上部員たち。在籍当時の山西選手は先頭で引っ張るタイプではなかったという(長岡京市久貝2丁目)

きびしい上り坂を駆け上がる山西選手の1年後輩、松本皓太さん。マスク姿で走る山西選手の強い心肺機能に驚いたという(向日市物集女町中海道)

きびしい上り坂を駆け上がる山西選手の1年後輩、松本皓太さん。マスク姿で走る山西選手の強い心肺機能に驚いたという(向日市物集女町中海道)

 東京五輪の男子20キロ競歩で山西利和選手(25)=愛知製鋼=が銅メダルを獲得した。堀川高時代に競歩に出合い才能を開花させていくが、それ以前はどんな選手だったのか-。長岡第三中(京都府長岡京市勝竜寺)時代の練習姿勢を陸上部の同僚や指導者に聞き、飛躍を育んだ理由を探った。

 山西選手は中学時代、3千メートルを中心に長距離種目に取り組んでいた。陸上部には全日本中学大会の四種競技で優勝した同級生もいて粒ぞろい。その中で山西選手は府大会出場を7秒差で逃すなど、目立った成績を残すことはできなかった。

 練習ルートは、中学最寄りの恵解山(いげのやま)古墳や小畑川沿いを回る周回コース、起伏に富んだ「竹の径」(向日市・京都市西京区)、アップダウンの激しい西山方面、柳谷観音に向かう山道など多彩なルートを、当時、顧問だった今西俊人教諭(59)=長岡第四中=が考案した。

 山西選手の1年後輩松本皓太さん(25)の案内で、約3キロの竹の径を走った。アップダウンで激しく体力を消耗した。道が曲がりくねり前を走る選手との距離も分からない。松本さんは「坂で心肺機能や筋力が鍛えられるコース。山西さんがマスク姿でいつも走っているのには驚いた。心肺機能がすごいと思った」と話す。

 今西教諭は元競輪選手が長岡京市内で開くジムで体の動かし方を学び、生徒に伝えた。山西選手について「理論の飲み込みが早く、なぜこの練習をするのかを深く理解していた」と振り返る。

 同級生で、ともに長距離を競った中村友之さん(26)=東京都大田区=も「走力がずば抜けている訳ではなかった。でも走り方や姿勢、筋トレの本質を理解して素早く実践する力があった」と話す。

 驚いたことがある。3年生は秋には部活を引退し、受験勉強に力を入れ「走る3年生はまずいない」が、山西選手は小畑川沿いなどを走り続けていたという。中学時代は中村さんの方が速かったが、高校に入って間もない大会で再会。「スタートダッシュで離された。同年代で府内トップクラスになっていた」という。「1人で高いレベルの練習を続けるのは難しいが、山西はこつこつと練習し、躍進につながった」