【資料写真】国立競技場

【資料写真】国立競技場

 祭りが始まる高揚感はない。数え切れない紆余(うよ)曲折を経て、東京オリンピックが23日に開幕する。1896年にアテネで近代五輪が始まって125年、32度目の今回はコロナ感染症のパンデミックという異常事態下で実施される。世界から選手が集まる大会で感染拡大を抑え、安全安心の運営を完遂できるか。スポーツ界、日本社会にとって厳しい17日間が始まる。

 招致が決まった2013年9月の熱気は完全に冷めてしまった。それどころか、噴出し続けたトラブルで五輪の威信は大きく揺らいでいる。

 選手を隔離する「バブル方式」で実施され、五輪憲章がうたう「友情、連帯」など交流の実現は容易ではない。また従来と違い、会場外のイベントやエンターテインメントの要素はそぎ落とした形になる。無観客の会場で「競技会」が淡々と続く光景は、商業主義から脱した五輪本来の姿を映しているのかもしれない。そして同時に、私たちが暮らす社会でスポーツはどこまで必要なのか、という重い問いかけでもある。

 一方で、競技に人生を懸けてきた主役であるアスリートが競う舞台は確保された。京都、滋賀ゆかりの選手は男子29人、女子27人。いつもは背中を押してくれる拍手も、歓声も聞こえない。厳しい環境で闘う覚悟と強さが求められる。

 2016年のリオデジャネイロ五輪から5年。逆風を肌で感じ、「なぜ自分はスポーツをしているのか」と自問自答してきた選手も多いだろう。それでも競技を志した原点に戻り、自らを奮い立たせスタートラインに立つ。言葉にはできない感情を身体で表現するのがアスリートだ。葛藤を繰り返し、渇望の1年を乗り越えた選手たちがプレーを通して何を語りかけるのか。注視したい。

 一切の虚飾性を廃し、究極の「アスリート・オンリー」とも呼べる大会になる。根底からスポーツの意義が問い直され、今後の在り方に小さくない影響を与えるだろう。予想もしなかった大きなテーマを背負い、大会の幕は上がる。(東京五輪パラリンピック報道室長・運動部長 宮部真典)