地元の催しで元気いっぱいの姿を見せる幼少期の大橋(家族提供)

地元の催しで元気いっぱいの姿を見せる幼少期の大橋(家族提供)

 2度の大きな挫折を乗り越えた湖国出身のスイマーが25日、念願の五輪金メダルを手にした。女子400メートル個人メドレーを制した大橋悠依(25)=イトマン東進、滋賀県彦根市出身=の長く苦しい挑戦を支えたのは、いつも優しく包み込む家族のまなざしだった。

 「いけるんじゃないか、と思うとレースの途中から声が出なくなった。感動した」。テレビの画面越しに声援を送った父の忍さんは涙ながらに娘の勇姿を見届けた。母の加奈枝さんは「金メダルには驚いた。ありがとう、という言葉しかない」と快挙をたたえた。

 個人メドレーの第一人者として先頭を走り続けた大橋だが、もがき苦しんだ時期がある。最初は東洋大2年の4月。忍さんが日本選手権の会場(東京都)に駆けつけると、仲間たちと離れて1人でぽつんと歩く娘の姿を目にした。

 「車で休んでいい?」「ごめん」。当時、原因不明の体調不良で思い悩んでいた娘からのメールに異変を感じた。レースは予選最下位。「大学を辞めて帰ってきたら」と思わず口にしたが、競技を続けるという娘の意思を尊重し、陰から支えることにした。後に極度の貧血と判明。大橋は加奈枝さんのサポートを受け、少しずつ体質を改善していった。トップ選手への階段を上り、2017年の世界選手権では銀メダルに輝いた。

 しかし、19年夏にも試練が襲う。メダルが期待された世界選手権(韓国)でまさかの失格。当時、彦根市内で応援していた忍さんは言葉を失った。「何て声をかけてよいか分からなかった」。今もこのレースについて話したことはなく、家族はレースのたびに「楽しんで」とメッセージを届け、静かに見守り続けた。

 家族は新型コロナウイルスの影響で、五輪本番も会場で娘の泳ぎを見ることはできなかった。そんな中、親子の頑張りは夢の舞台で報われ、忍さんは「調子は良くないと聞いていたが吹っ切ったんだと思う。よく頑張った」と喜んだ。

 メダリスト会見に臨んだ大橋は声を詰まらせ、感謝の気持ちを伝えた。「貧血の時とか、一番苦しい時を支えてくれた。本当に、両親も信じられないと思うけど、家族みんなで取った金メダルだと思う」。