澤さんら家族と過ごす次女(右端)。今春から保育園に通っている=彦根市大藪町(國森康弘さん撮影)

澤さんら家族と過ごす次女(右端)。今春から保育園に通っている=彦根市大藪町(國森康弘さん撮影)

大森さん夫婦と過ごす長男(中央)。現在は地域の小学校に通う=彦根市西今町(國森康弘さん撮影)

大森さん夫婦と過ごす長男(中央)。現在は地域の小学校に通う=彦根市西今町(國森康弘さん撮影)

丸橋千晶さんと次男。千晶さんは「障害者が学校に行くことに理解が深まらないと看護師配置につながらない」と話す(滋賀県豊郷町八町)

丸橋千晶さんと次男。千晶さんは「障害者が学校に行くことに理解が深まらないと看護師配置につながらない」と話す(滋賀県豊郷町八町)

 たんの吸引などが日常的に必要な「医療的ケア児」や家族に対する支援法が6月に成立した。保育所や学校に看護師を配置するなどの支援を国や自治体の責務とし、子どもに付き添う家族の負担軽減を図る。これまで母親に育児負担が偏り、キャリアや社会参画を困難にしてきた面がある。9月18日の施行を前に、退職を余儀なくされた母親らに取材し、課題を探った。

■医療的ケア児は全国に2万人、教育現場の受け入れ不十分

 自宅で暮らし、人工呼吸器や栄養を送るチューブを使うなど医療的ケアが必要な子どもは全国に約2万人いるとされる。医療の進歩でケア児が増える一方で、地域の教育現場の受け入れ体制は不十分なまま。家族が世話のために離職せざるを得ないことも多く、課題となっている。

 看護師の澤円(まどか)さん(37)=滋賀県彦根市大藪町=もその1人だ。次女(4)は生後すぐ、呼吸やほ乳に困難があり、知的障害などを伴う難病「歌舞伎症候群」と診断された。2歳から保育園に通わせようとしたが、共働きで子どもに障害があるため選考基準となる点数は高いにもかかわらず、市から「(医療的ケアに必要な)看護師が足りず、配置できない」と入園を断られた。

 病院勤務の育休中だった澤さんは職場復帰を諦め、次女をデイサービスに預けながら週2、3回のパートで訪問看護の仕事を始めた。25万円だった月給は10万円以下に減った。次女はその後、症状が改善。酸素投与と経管栄養のチューブを使わなくなり、看護師の付き添いが必要なくなったため、今春から保育園に通うことができた。

 澤さんはパートの日数を増やすことができたが、「病院での仕事にやりがいを感じていたし、家のローンを抱えて苦しかった」と振り返る。「障害がある子どもが生まれるのは、誰にも起こりうる。その母親だけが働けなくなるのはおかしい」と訴える。

■「自分の仕事を他人に決められる怒り、子どもを預ける罪悪感」

 看護師の大森由佳さん(40)=彦根市西今町=も、子どもの通園と仕事の折り合いに苦労した。城南小3年の長男(8)は生後5カ月で脳異常に伴う発達遅れが分かり、その後に難病のてんかん「ウエスト症候群」を発症。飲み込む力が弱く、4歳で胃ろうの手術を受けた後、経管栄養を行う看護師を保育園に雇用してもらったが数カ月で辞め、補充はなかった。

 働きたいと思う大森さんと、保護者に付き添ってほしいとする園側とで衝突が増えた。「社会に合わせることが大切。パートで働いては」と言われ、「自分の仕事を他人に決められる怒りと、子どもを預けている罪悪感の双方に挟まれてつらかった」と話す。自分で訪問看護師を探して園に来てもらい、何とか仕事を続けた。

 「小学校は姉と同じ環境で学ばせたい」と、特別支援学校でなく地域の学校に進み、看護師を1人配置してもらった。看護師が休みの日は夫婦どちらかが仕事を抜け、昼食を注入する。「看護師を複数人配置してもらえばより助かる。仕事と家庭を楽しむ医療的ケア児のお母さんが増えたらうれしい」と支援法に期待する。

■新たな法律で、どんなことが実現できるのか

 今回の支援法には、医療的ケアを必要としない子どもたちとともに教育を受けられるよう最大限に配慮することを盛り込んだ。全国の多くの小中学校が苦労して看護師を確保する中、大阪府豊中市は学校に配置する看護師を市立病院で16人雇用し、必要な小中学校を巡回することで保護者のニーズに柔軟に応じる。国も今秋から全国10自治体で、看護師を重点配置する拠点の学校を通じ、他校へ派遣するモデル事業を始める。適切な看護師配置に向けて対策が問われる。

 母親らを支える医療福祉サービスの充実も必要だ。滋賀県が2019年末に行った医療的ケア児の保護者アンケートによると、回答者の3割がケア児に対応するデイサービスの不足を挙げた。彦根市でケア児の放課後デイを運営するNPO法人「道」の柴田惠子理事長は「定員を超えて受け入れているが、医療的ケア児が増える中、働く母親のニーズに応じ切れていない。国は放課後デイの診療報酬をさらに加算するなど、事業者が参入しやすい仕組みを作ってほしい」と求める。

■国や県、さまざまな補助金を整備

 医療的ケア児の支援法の柱となる学校や保育所への看護師配置は現状、多くの場合は各市町村の判断で行っている。国が各市町村に人件費を補助する制度がすでにあるにも関わらず、受け入れに難色を示して保護者の要望に応じず、活用に後ろ向きな自治体もあったとみられる。識者は「府や県が市町村を支える体制を整え、一律の対応につなげるべき」と指摘する。

 文部科学省は2013年度、小中学校が医療的ケア児を受け入れるために看護師を配置する場合、市町村の雇用にかかる費用を3分の1補助する事業を開始。15年度には滋賀県が、さらに3分の1を上乗せできる独自事業を始めた。

 これらの補助金を使い、学校に看護師を配置した県内の市町は、15年度は1市の1校1人だったが、16年度は6市の8校9人、21年度は13市町の34校38人となり、毎年増え続けている。県教委の担当者は「医療的ケア児の増加とともに、特別支援学校以外に住み慣れた地域の小中学校を選ぶ子どもが増えている。今後も市町の看護師配置を支援していく」とする。

■市町村間の格差は埋まるか 後ろ向きな自治体も

 一方、市町側が配置に消極的で、保護者の要望がかなわなかったケースもあるとみられる。

 主婦・丸橋千晶さん(51)=豊郷町八町=の、甲良養護学校中学部3年の次男(15)は先天性の染色体異常「18トリソミー」で、生まれつき脳障害がある。1歳までに2度の心臓手術を行った。人工呼吸器を付けており、経管栄養や1日に15~20度のたん吸引を必要とする。

 バギー型の車いすに人工呼吸器や血液酸素濃度を測るモニターを載せ、年長の1年間だけ近くの幼稚園に通った。千晶さんは、次男が「幼稚園の友達といると目の輝きが違う。一緒に学ばせたい」と思い、地域の小学校への進学を選んだ。補助金を活用した看護師配置を何度も町教委に要望したが、「児童1人のために予算を付けられない」と断られたという。

■小学校6年間、母親は学校に付き添った

 千晶さんは小学校の6年間、ずっと次男に付き添った。クラスメートは優しく、家庭科の時間は先生と一緒にミシンを教えるなどして過ごした。だが、「やっぱり子どもたちを気遣わせてしまう」となるべく教室から出て、廊下から次男の様子を見守った。兄弟の体調が悪く、看病で付き添えない日は有償で看護師に代わりを頼んだ。

 町教委は看護師を配置しなかった理由について「その時の担当者がおらず分からない」とする。丸橋さんは「当時、近くの市の小学校では医療的ケアをする看護師の配置があったのに聞き入れられず、納得できなかった。法律ができても、障害者を学校に行かせることに理解が深まらないと配置にはつながらない」と指摘する。

■学校と医療・福祉の連携できる体制づくりが急務

 医療的ケア児の支援に取り組む医師でびわこ学園医療福祉センター草津の口分田(くもで)政夫施設長は「県立の養護学校と違い、保育所や小中学校はどうしても市町の判断になる。母親が一生懸命要望してやっと看護師を配置してもらえるのが現状」と説明する。

 「市町が独自で看護師を探して雇用し、医療的ケアの研修を施すのは大変。支援法で各都道府県に設置を促す『医療的ケア児支援センター』を拠点に、学校と医療・福祉が枠を超えて連携する体制作りを国や県が早期に進める必要がある」と訴える。

 医療的ケア児 人工呼吸器の装着やチューブで栄養を送る「経管栄養」などのケアが日常生活で必要な18歳未満、もしくは18歳以上で特別支援学校などに在籍する子ども。2016年成立の改正児童福祉法で初めて法律に定義付けられた。厚生労働省によると、この10年で全国約2万人に倍増し、人工呼吸器を使うケア児は直近7年で約2.6倍の4600人。19年度時点で京都府は282人、滋賀県は287人のケア児がいることを把握している。