昨秋の強化合宿で汗を流す皆川博恵(上)=東京都(日本レスリング協会提供)

昨秋の強化合宿で汗を流す皆川博恵(上)=東京都(日本レスリング協会提供)

宇治レスリング教室の選手として出場した大会で賞状をもらう幼少期の皆川博恵(家族提供)

宇治レスリング教室の選手として出場した大会で賞状をもらう幼少期の皆川博恵(家族提供)

 33歳で初の五輪に挑むレスリング女子76キロ級の皆川(旧姓鈴木)博恵(クリナップ、立命館宇治高-立命大出)。原点は父の鈴木秀知さん(70)=京都府宇治市=が始めた「宇治レスリング教室」にある。親子でつかんだ夢の舞台。8月1日から始まる同級で頂点を目指す。

 宮城県出身の秀知さんは日体大を卒業し、1975年、宇治高(現立命館宇治高)に赴任した。授業にレスリングを取り入れ、5年ほどたって、ようやくマットを購入。数年後に同高を拠点とし、地元の幼児から大人まで参加できるレスリング教室を開いた。

 高校生が受け役となり、小さな子どもがタックルする。保護者の女性も参加するなど活気があった。幼かった博恵も兄の崇之さん(38)と一緒に「気が付いたらレスリングをしていた」。マットで動き回る、くりくりした目の少女は「2歳の最年少レスラー」と新聞記事にも取り上げられた。

 秀知さんは他府県から入学した部員を自宅に下宿させ、多いときには10人が同時に暮らした。どこに行っても「男だらけ」の生活に、思春期の博恵は露骨に嫌な顔をした。母のみち子さん(67)は「兄と父は『巨人の星』のような関係だったが、博恵は練習に行きたくないと言ったら絶対に行かない子。あんなわがまま娘が世界で戦うなんて」と笑う。

 中学では陸上部。レスリングは週に1、2度しか練習しない時期もあった。秀知さんは「博恵が長く続けられているのは、競技をやらされていなかったから。無理やりな練習は受け付けなかった」と振り返る。

 東京五輪の出場権を懸けた2019年世界選手権の数カ月前、秀知さんは初めて娘から「練習を見てほしい」と頼まれたという。「それだけ五輪に懸けていたんだと思う」と秀知さん。幼い頃、一緒に汗を流したマットを思い出し、アドバイスを送った。

 8月1日は準決勝まで。金メダルマッチは2日だ。