ノーベル賞受賞会見で、お祝いの電話に笑顔を見せる益川さん(2008年10月7日、京都市北区・京都産業大)

ノーベル賞受賞会見で、お祝いの電話に笑顔を見せる益川さん(2008年10月7日、京都市北区・京都産業大)

 素粒子論に新たな地平を切り開いたノーベル物理学賞受賞者で、京都大名誉教授、京都産業大名誉教授の益川敏英(ますかわ・としひで)さんが23日、京都市内の自宅で上顎歯肉がんのため死去した。81歳。名古屋市生まれ。葬儀・告別式は親族のみで行った。

 名古屋大理学部を卒業後、同大助手を経て、1970年に京大理学部助手に就任。80年に京大基礎物理学研究所教授となった。03年の定年退職後、京産大教授や名古屋大特別教授などを歴任した。

 ノーベル賞の受賞業績となったのは、現在の宇宙が生まれて存続するために必要な「対称性の破れ」についての研究。京大助手の同僚だった共同受賞者の小林誠・高エネルギー加速器研究機構特別栄誉教授ととももに、素粒子のクォークが少なくとも3世代6種類あれば説明できることを理論的に解明、73年に論文発表した。

 この「小林・益川理論」は非常に大胆な仮説で、当初はあまり注目されなかった。だが、その後の約30年にわたる実験で正しさが裏付けられ、宇宙誕生の謎に迫る画期的な成果との評価を確立。08年のノーベル賞受賞に結びついた。

 素粒子物理学の中核をなす「標準理論」と呼ばれる枠組みは、益川さんらの業績もあって大きく発展してきたが、宇宙を満たしている「暗黒物質」など説明できない謎も多い。世界では、標準理論の先を見据えた研究が続いている。

 益川さんは、79年に仁科記念賞、85年に日本学士院賞、08年に文化勲章をそれぞれ受けた。憲法9条など社会的なテーマについても積極的に発言してきた。京産大では、ノーベル賞受賞を機に設置された研究教育機関「益川塾」の塾頭として、若手研究者の育成や支援にも取り組んだ。