地元の子どもたちと交流する板東俘虜収容所の楽団員を写した写真。町の人々は捕虜のことを親しみを込めて「ドイツさん」と呼んだ(徳島県鳴門市ドイツ館所蔵)

地元の子どもたちと交流する板東俘虜収容所の楽団員を写した写真。町の人々は捕虜のことを親しみを込めて「ドイツさん」と呼んだ(徳島県鳴門市ドイツ館所蔵)

 第1次大戦中に日本の捕虜となったドイツ兵が生活した徳島県鳴門市の板東俘虜(ばんどうふりょ)収容所。ここに収容された捕虜がオーケストラを編成し、アジア初となるベートーベンの交響曲第9番の全曲演奏を実現させたことは広く知られている。収容所の記憶を伝える企画展が京都市中京区の京都文化博物館で31日まで開かれている。30日には捕虜が催した「室内楽の夕べ」を再現する音楽会が催される。

 1914年、日独は中国の青島で戦火を交え、捕虜となったドイツ兵は日本各地の収容所に送られた。板東俘虜収容所は17~20年に開設され、多い時で約1千人が収容される。所長の松江豊壽(とよひさ)大佐は自主性や自由を重んじた。捕虜は楽団や合唱団をつくると所内外でコンサートを催し、地元住民に好評を博す。住民に音楽を教え、畜産や酪農の技術も指導した。

 ドイツ兵捕虜による第9のアジア初演は18年6月1日。編成は楽団45人、合唱80人、ソリスト4人。女声パートを男声用に編曲し、足りない楽器はオルガンで補い、公開リハーサルも行う準備の下で収容所の講堂に「歓喜の歌」を響かせた。

 企画展は楽団員の写真や、捕虜が記した第9の解説文、所内の謄写版印刷所で捕虜が制作した多色刷りのコンサートプログラムなど50点余りを展示している。

 収容所を機縁とする日独交流は今も続く。徳島県と友好都市の独ニーダーザクセン州などは関係資料の国連教育科学文化機関(ユネスコ)「世界の記憶」への申請に共同で乗り出す。

 企画展を主催する同県教育委員会の近藤大器さんは「『自国ファースト』の風潮が強い時代だからこそ国と国が敵対しても人間同士は理解し合えると訴えたい」と話す。

 ちょうど100年前に当たる1919年3月に5人の捕虜が所内で催した「室内楽の夕べ」を再現する。30日午後1時から、京都市立芸術大生や卒業生がシューベルトのピアノ五重奏曲「ます」などを演奏する。無料。