発達障害に苦しむ子への思いを語る崎濱盛三さん(京都市山科区・洛和会音羽病院)

発達障害に苦しむ子への思いを語る崎濱盛三さん(京都市山科区・洛和会音羽病院)

 2006年、奈良県で起きた高校1年の少年による放火殺人事件で、発達障害がある少年の鑑定書や調書を漏えいしたとして、有罪判決を受けた医師がいた。調書は、事件を扱った書籍「僕はパパを殺すことに決めた」にほぼ転載され、社会問題化した。その医師は、今も京都市内の病院で診察を続け、子どもの発達障害をテーマにした本の執筆を続けている。2012年の有罪判決確定後、医師は初めてメディアの取材に応じ、事件を振り返るとともに、発達障害に苦しむ子どもたちへの思いを語った。

■ひょうひょうとした穏やかな人柄、なぜ精神科医に

 「発達障害って、個性だとか、発達の凸凹とか言うでしょ。そんな単純なものじゃないです。当事者は本当にしんどい」。京都市郊外にある洛和会音羽病院(山科区)の診察室で、白衣姿でかっぷくのいい神経精神科副部長・崎濱盛三医師(63)は、発達障害について淡々と語った。

 事件を巡る毀誉褒貶(きよほうへん)を顧みない行動から、とがった人物像が想像されるが、対面するとひょうひょうとした穏やかな人柄がにじむ。発達障害の話は尽きない。

 もともと、医師を志していたわけではない。物理を学ぼうと医学部のない大学に入り、予備校で教えたこともある。「物理は途中で面白くなくなっちゃって。哲学ベースの精神医学に興味を持ったんです」。崎濱さんは29歳で京都大医学部に入学し、当時精神医学の第一人者として知られ、今年8月4日に亡くなった木村敏氏に学び、1994年に精神科医の道に踏み出した。