柏原宿で掲示されていたという徳川慶喜の追討を命じる高札(滋賀県米原市柏原・柏原宿歴史館)

柏原宿で掲示されていたという徳川慶喜の追討を命じる高札(滋賀県米原市柏原・柏原宿歴史館)

 鳥羽伏見の戦いで敗れた徳川慶喜の追討を命じる高札が、滋賀県米原市柏原の柏原宿歴史館で展示されている。中山道の宿場町に掲示されていたとされ、同館は「幕末維新の生々しい政治情勢を伝える貴重な史料」とする。

 徳川慶喜は1867(慶応3)年に大政奉還。翌68年1月3日、旧幕府軍と新政府軍の鳥羽伏見の戦いが勃発し、旧幕府軍は敗走。慶喜は6日に大坂から江戸に逃れ、7日に追討令が出された。

 高札は木製で縦45センチ、横76センチ。「慶喜の謀反の意思は明白で終始朝廷を欺いた。朝廷はやむをえず追討を命ぜられた」などと記載され、柏原宿に掲げられたと伝わる。同館によると、同様の高札は戦いの直後、全国の多くの宿場で掲示され、県内では他に日野町で1点見つかっている。

 同高札は3年前に同館に寄託され、公開は2回目。谷口徹館長(68)は「新政府軍の正当性をPRする狙いがあったのだろう。元将軍が追討対象となる時代の面白さを感じてほしい」と話す。

 展示は9月26日まで。月曜(祝日の場合は火曜)と9月24日は休館。要入館料。