八千草薫さんが最後に主演した2015年の映画「ゆずり葉の頃」は、老いの身じまいを考え始めた女性が、思い出に残る1枚の絵を捜しながら人生を振り返る物語だ▼絵にまつわる少女時代の淡い恋。戦中戦後の苦しい生活。そんな記憶を織り交ぜながら、絵を巡る小さな旅が続く。出会う人々との上品なやりとりが、八千草さんのたおやかさを浮き立たせる▼人間の面白さは、年齢を重ねることで自分の考え方の「ものさし」の長さや種類が変わってくること、と自著に記す。「かたくなではなくなってきた」と語り、優しく穏やかな人柄を画面ににじませた▼一方、ピアノを弾くシーンがあると、カメラに写るほんの数小節を完璧になるまで練習する生真面目さ。ちょっとした怠けや甘えの積み重ねが「取り返しのつかない大きな失敗につながる」と自戒していた▼「目の前の仕事を大事にしたい」と、過去の出演作品を見返すこともしなかった。昨年1月に膵臓(すいぞう)がんで大きな手術を受けたが体力回復に努め、夏の舞台を乗り切った。役柄でものぞかせた芯の強さである▼ゆずり葉は新芽が育つと古い葉は青いまま散り、やがて自然に土に返る-。冒頭の映画で、八千草さん演じる主人公はこう語る。今を見据え、自然体で歩み続けたご自身のようでもある。