息子の帰りを待ち続けた母親の手に、軍医鈴木充夫さんの戦死の知らせが届いたのは、終戦から9年も過ぎた1954年8月18日だった。同20日の京都新聞は京都市上京区に住んでいた母の廉さん=当時(82)=の悲しみを「十年目に戦死の公報 再会も今は夢 悲嘆に暮れる一家」と伝えていた。

 記事によると、