映画「おっさんのケーフェイ」の一場面。覆面レスラー「ダイナマイト・ウルフ」の正体は、謎のおっさんなのか…

映画「おっさんのケーフェイ」の一場面。覆面レスラー「ダイナマイト・ウルフ」の正体は、謎のおっさんなのか…

大阪の河川敷でプロレスの練習に励む謎のおっさん(川瀬陽太)は、少年たちと純化社会に立ち向かう

大阪の河川敷でプロレスの練習に励む謎のおっさん(川瀬陽太)は、少年たちと純化社会に立ち向かう

京田辺市で生まれ育ち、立命館大で映画作りを学んだ谷口恒平監督。「プロレスの受けの美学は、他者を受け入れる寛容さともつながるのでは」と語る

京田辺市で生まれ育ち、立命館大で映画作りを学んだ谷口恒平監督。「プロレスの受けの美学は、他者を受け入れる寛容さともつながるのでは」と語る

 立命館大映像学部出身の谷口恒平監督(30)=京田辺市出身=の長編デビュー作となる映画「おっさんのケーフェイ」が今春、劇場公開される。“元プロレスラー”のさえない中年男を主人公に、人生の哀歓を通底させながら、プロレスというだけで眉をひそめがちな世間の先入観に“喝”を入れる野心作。プロレスにとどまらず、「自分たちが理解できないものを排除しようとする不寛容な社会へと進む今、異質なものや他者を受け入れる寛容さを伝えたかった」と谷口監督は語る。=敬称略

 「受けの美学」という言葉がプロレスにはある。レスラーはロープに振られたら跳ね返り、相手の技を受け止める。受けることで相手の力を引き出し、場を盛り上げる。「茶番」とやゆする人もいるが、多くのファンは百も承知。鍛え上げたレスラーによる虚実入り交じるファイトを味わう。

 「一回負けたら終わりという真剣勝負をうたうスポーツが人気の中、プロレスは勝ち負けにこだわるより、物語や興行が続くことが大切。勝ち組・負け組という言葉は好きではないが、負け組に見えるレスラーにも役割があり、バックボーンとなる人生もある」(谷口監督)。そんな世間から日の目を浴びない姿に、勝ち負けでは計れない人の生き方や人生という問いを重ねる。

 <将来の目標や夢中になれるもののない小学生のヒロトが、大阪の河川敷で人形相手にプロレスの練習に日々励む謎のおっさん(川瀬陽太)と出会う。ある日、偶然入ったプロレス会場で今までにない興奮を覚えたヒロトは、憧れの覆面レスラー、ダイナマイト・ウルフが謎のおっさんだと確信。入門を願い出るが…>

 人気のダンス教室に通う同級生たちからは「プロレスってやらせやで」と馬鹿にされ、地域をパトロールするPTA役員たちも、子どもたちから謎のおっさんを隔離しようとする。教師も「プロレスはねえ…」と話も聞かず否定する。“安心安全”をうたう純化社会へと加速する中、少年と謎のおっさんが立ち向かう。

 関西を舞台に映画作りを志す若者を支援し、三宅唱や横浜聡子といった若手人気監督を輩出した「シネアスト・オーガニゼーション大阪(CO2)」の助成企画に選ばれて製作。大阪拠点の「道頓堀プロレス」の協力を得て、赤城(あかぎ)や空牙(クーガー)ら現役レスラーも多く出演。大阪を中心に、実際の試合会場でも撮影した。

 谷口監督は2007年にできた立命館大映像学部1期生。大学時代は京都のバンド「くるり」が主題歌を歌う映画のオールナイト上映を京都みなみ会館(南区)で開く企画に携わり、短編ドキュメンタリーの監督も手掛けてきた。「噓(うそ)から出た実(まこと)のような虚実皮膜の世界に興味がある。いつかは誰も撮らないような時代劇も撮りたい」と夢見る。

 「おっさんのケーフェイ」は3月22日から大阪のシネ・リーブル梅田で、4月6日から京都の出町座で公開される。

 ■レスラー哀歓、映画さまざま

 プロレスラーの哀歓を描いた映画は、これまでも国内外で製作されている。悪役や落ち目のレスラーの生きざまを通して、世間から評価されにくい仕事や人生でも、役割があり、見ている人がいることを問い掛ける。

 昨秋全国公開された映画「パパはわるものチャンピオン」は、立命館大プロレス同好会から新日本プロレスに入団した人気レスラー棚橋弘至(42)=立命館大出=の主演作。今年1月も東京ドームを沸かした現役トップの棚橋が、映画の中では大けがのため悪役に転向した覆面レスラーを演じる。小学生の一人息子から「パパの仕事、恥ずかしいよ」と嫌われる中、自らの役目をリングで見せていく。

 中島らもの小説が原作の映画「お父さんのバックドロップ」(2004年公開)は、「焼肉ドラゴン」で国内演劇賞を独占した鄭義信が脚本を担当。悪役に回った金髪中年レスラー、下田牛之助(宇梶剛士)が、父親の仕事のせいで小学校でいじめられる息子(神木隆之介)や家族のために、一世一代の勝負に出る。

 米国の映画「レスラー」(09年公開)は、ミッキー・ローク主演。体も家族もボロボロになった中年レスラーが、因縁のライバルとの再戦に立ち上がる。ベネチア映画祭金獅子賞など数多くの映画賞に輝いた。

 映画「レスラー」では、対戦者同士が当日の試合の流れを控室で打ち合わせする舞台裏もリアルに描く。日本のプロレス界では、部外者が入ってくると「ケーフェイ(聞かれるな、注意しろ)」という言葉を発して決して見せなかったとされる裏側だが、けがや年齢などの事情で、いつ脇役になるかもしれないレスラーたちが、先達(せんだつ)や脇役をいたわる姿は、相手を認め合う「受けの美学」や人間の優しさを物語る。