ひめの・きみ 1966年生まれ。京都書院、青幻舎を経て2006年に赤々舎設立。木村伊兵衛写真賞受賞者を次々発掘。『本をつくる 赤々舎の12年』(産業編集センター)で自身を語っている。

 『浅田家』(赤々舎)というユニークな写真集がある。映画化され、2020年に全国公開の予定だ。二宮和也さんと妻夫木聡さんの共演も大きな話題を呼んでいる。写真家の人生を映画にすることはあっても、1冊の写真集を映画化することは珍しい。写真集という存在が、ふといつもと異なる角度で浮かび上がったようなニュースだった。

 日本の写真集は、世界的にも特異な位置にある。1960年代、70年代は、まさに写真集の黄金期だった。当時は写真展示の機会が少なく、写真集こそが発表の形態であり、内容と造本が絡み合いながら、作品世界を形成していた。写真集はカタログではなく、それ自体が作品であり、作家の核心というべき存在となった。強い存在感を放つそれらは、今なお多くの憧憬(しょうけい)を集める。

 私たちが写真集制作のために写真を構成するとき、床や壁を使う。作家、編集者、デザイナー、それぞれが手を動かし、言葉を発し、目に見えないものを形作るような時間が訪れる。

 写真を直線に並べていくが、写真集が内在する構成は直線的でない。筋やストーリーとは異なるもの。写真集には謎や問いかけがあるが、その解は必要でないとも思う。だから、循環的だったり、目に見えない関わりやざわめきを探している。

 写真集を「読む」という言葉は、どこか象徴的だ。写真は情報として私たちに一方的に見られる対象から、わからなさという弾力を孕(はら)んだ存在となり、ただ向き合ってくる。限定された意味の向こうに連れ出してくれる。そのときに起きるエネルギーのやりとりを、「読む」という言葉は湛(たた)えている。

 さて写真集『浅田家』。一風変わった家族写真のシリーズだ。写真学校生だった浅田政志の制作を助けるため、両親と兄も作品づくりに巻き込まれた。消防士、ラーメン屋、選挙カーなどさまざまな場面設定を家族4人で演じ、撮影時の思い出のシーンも再現した。この写真を携えた浅田さんが、私の小さな事務所を訪れたとき、思わず笑ったり涙ぐんだりしたのを思い出す。

 家族写真を本に編もうとした時、写真を前に並べて考えた。それぞれの写真から覗(のぞ)く家族の関係性、撮影のときの出来事、そしてこんな写真を撮るに至るまでの時間。奮闘する4人の写真を通して私が触れていたのは、自分自身でもあり、無数の誰かの記憶だったともいえる。

 写真集という大きな問いの器。やがて未知の身体や記憶と交わり、この度は映画にもなろうとしている。本が伝える行方は、既に私の手を離れてあかるい。(編集者)