昨年、栗東市の実家に帰省した木村敬一(右)と父の稔さん、母の正美さん

昨年、栗東市の実家に帰省した木村敬一(右)と父の稔さん、母の正美さん

東京パラで息子の活躍を願う稔さん。自宅にはこれまでの大会やイベントの写真が数多く飾られている

東京パラで息子の活躍を願う稔さん。自宅にはこれまでの大会やイベントの写真が数多く飾られている

 4度目の出場となる東京パラリンピックで悲願の金メダルを狙う競泳男子の木村敬一(30)=東京ガス=。新型コロナウイルス禍で練習拠点の米国から帰国した昨春、栗東市の実家で過ごした木村を父の稔さん(62)が支えた。息子は全盲のスイマーとして日本選手団を引っ張る存在に成長しており、自国開催の大会で「力を出してほしい」と、活躍を願っている。

 木村は幼少時に目の病気が見つかり、2歳で全盲となった。それでも稔さんら家族がスキーや自転車、キャンプなどさまざまな遊びに連れだし、活発に育った。小学1年から滋賀県立盲学校の寄宿舎で暮らし、中高は「同世代の多くの子と接することができるように」と、東京都の筑波大付属視覚特別支援学校に送り出した。小学4年で始めた水泳は中高で指導者に恵まれ、2008年北京大会以降、パラ3大会に出場。稔さんは2度、現地に駆けつけ応援した。

 16年リオ大会で銀、銅計四つのメダルを獲得したが、木村の目標はあくまで「金」。新たな環境を求め18年春に単身渡米した。だが、東京大会を5カ月後に控えた20年3月、拠点にしていた大学がコロナで閉鎖されて帰国。大会の1年延期も決まり、翌月に帰省した。約2カ月は実家で過ごし、室内用バイクなどで体力維持に努めた。

 トレーニングの動画を稔さんが撮影し、木村はツイッターで選手仲間と共有した。「みんな同じ状況なので、落ち込んではいなかった。どう過ごしているか、ほかの選手とやりとりをしていた」と木村の様子を振り返る。5月には、再開した近隣のプールを開業前の1時間だけ借りることができ、稔さんが毎日送迎を担った。

 木村は6月に東京都のナショナルトレーニングセンターに戻り、延期の1年も鍛錬を積んだ。本命の100メートルバタフライを軸に3種目で頂点を狙う。稔さんは「年齢を重ね、前ほど大きく記録が伸びることはないかもしれない。金メダル候補として注目を浴びる以上、頑張らないといけないのだろう。よくやっている」と、目標に向き合い続ける息子を見守る。「これまでコンディションを保つのが難しかったと思う。安定した力を出してほしい」と悔いのないレースになることを願う。