新型コロナウイルス対策などを議論するため、立憲民主など4野党が憲法53条に基づいて臨時国会開催を要求したが、1カ月以上も放置されている。

 爆発的な感染拡大で「医療崩壊」の瀬戸際にある緊急事態なのに、国会は実質的に長い夏休みに入ったままだ。菅義偉政権の不誠実な対応が許されていいわけがない。

 政府・与党は6月、会期延長を拒んで通常国会を閉会した。感染拡大を危ぶむ多くの国民の声を無視して、東京五輪は強行開催された。記録的な集中豪雨が相次ぎ、災害対応も迫られている。

 国民の命と暮らしが脅かされる危機的な状況だ。感染対策などに国民の声を反映するには国会論議が欠かせない。国会では閉会中審査で散発的に審議されているが、首相は一度も出席していない。

 首相にとっても災害級とされる状況を国民に説明し、危機意識を共有する重要な場ではないか。

 野党が「戦後最悪の災害に直面しているのに、政治が機能していないのは明白だ」(立民の枝野幸男代表)と批判するのも当然だ。国会の存在意義が問われよう。

 憲法53条は、衆院か参院の総議員の4分の1以上が臨時国会を要求した場合、「内閣は、その召集を決定しなければならない」と定める。要求があった以上、内閣に拒否する裁量はない。

 だが政府は「国会のことでもあり、与党とよく相談して対応したい」(加藤勝信官房長官)と反応は鈍い。一方、与党側も「内閣の権限であり、口を挟むのは慎む」(自民党の森山裕国対委員長)と逃げ腰だ。ともに無責任過ぎる。

 憲法には要求から召集までの日数の定めがない。党利党略でたなざらしにするといった恣意(しい)的な対応は想定外だったに違いない。

 ところが、同様の事態は現行憲法下で度々起きており、1948年以降、臨時国会の開催要求40回のうち1カ月以内に開かれたのは11回にすぎない。これでは国会による行政監視を果たせず、国会と内閣のバランスを損ねかねない。

 2017年に安倍晋三政権が約3カ月応じなかった対応を巡る損害賠償訴訟で、那覇、岡山両地裁は、内閣に召集する法的義務があるとした判断を示した。「違憲の余地がある」とも断じたのは政権への警鐘と言える。

 追及や批判を避けたい政治的思惑が透ける。国会を開かないのは責任ある姿勢とは言えない。判決の意味を受け止め、国会審議に誠実に向き合ってもらいたい。