蛍光エックス線による調査を行った鳳凰堂北面の右扉。荒井教授(右)が指す右端部分が劣化が少なく色合いが明るい框部分=京都府宇治市宇治・平等院

蛍光エックス線による調査を行った鳳凰堂北面の右扉。荒井教授(右)が指す右端部分が劣化が少なく色合いが明るい框部分=京都府宇治市宇治・平等院

色合いが異なる扉の主要部(左側)と框部分(右側)

色合いが異なる扉の主要部(左側)と框部分(右側)

 京都府宇治市宇治の平等院は、約50年前に復元で描かれた鳳凰堂北面扉絵を調査した結果、右端の框(かまち)部分から銀とチタンを検出し、当時問題となっていた大気汚染や経年劣化の影響を抑える措置が施されていたとみられると発表した。有識者は「指定文化財ではあまり行われていない実験的技法。伝統技法のみで文化財を長年保存するのが難しいほどの厳しい環境に、復元に携わった画家らが危機感を持っていたことが分かる」と指摘する。

 鳳凰堂扉絵は創建期の平安時代(11世紀半ば)、仏などが死者を迎えに来る「九品来迎図(くほんらいこうず)」が描かれた。北面と南面、東面の南北の扉絵計8枚は昭和40年代、京都で活躍した日本画家の故・松元道夫氏らが復元模写し、現在も設置されている。今回は扉絵の状態維持に向け、「中品上生(ちゅうぼんじょうしょう)図」が描かれた北面扉を調査した。

 北面扉の右扉(縦約3・8メートル、横約1・5メートル)の中で、右端の框部分(幅約9センチ)は、扉の主要部が顔料のはがれや粉じんによる汚れで暗く沈んだ色合いなのに対し、劣化が少なくて明るい色合いだ。この違いを解明するため、東京芸術大大学院の荒井経教授らは2019年、扉に蛍光エックス線を当てて調査した。その結果、框部分からは主要部では見られなかった銀とチタンを検出した。

 「扉の木板から出る脂が下地顔料に影響するのを防ぐため、何らかの金属箔(はく)が張られた」という松元氏の弟子らの言い伝えがあり、銀箔(はく)の可能性が高いと判断した。チタンは、顔料チタニウムホワイトに由来すると考えられるという。日本画の顔料としては普及していない素材だが、外気の影響にも変色しにくい効果があり、従来の白土と混ぜ、銀箔(はく)と彩色の間に使ったと推定する。

 松元氏らが平等院に納めた「鳳凰堂扉復原模写下絵」の箱には、墨書で「鳳凰堂扉絵は昭和三十二年の鳳凰堂大修理落成以来参観者多く又空中硫黄酸化物流入等により近年剝落甚だしく…」とある。荒井教授は「この危機感を背景に、あまり目立たない端の框部分で実験的技法を試みたのだろう」と語る。