昨秋の台風21号の被害を振り返る西川さん。県道をふさいでいたため、撤去された倒木がそのまま置かれている(高島市朽木中牧)

昨秋の台風21号の被害を振り返る西川さん。県道をふさいでいたため、撤去された倒木がそのまま置かれている(高島市朽木中牧)

 滋賀県高島市朽木西部の山間部。道の両脇に広がる杉林には、根こそぎ倒れた木々が今も目立つ。「人工林の木は根が浅く、暴風にひとたまりもなかった」。地域防災リーダーを務める西川明夫さん(71)=同市朽木生杉=は振り返る。昨年9月、台風21号が記録的な暴風を伴って京都府や滋賀県を通過した。

 約20世帯が暮らす生杉地区も建物が傾いたり、屋根がめくれたりする被害が相次いだ。それでも自主防災組織のメンバーは各戸を回り、住民の無事を確認した。長期間、電気が使えず、電話も通じない中でも互いに支え合った。「山の暮らしに根付く自助の力が発揮された」と胸を張る。

 だが、「これまでに経験したことがない」ほどの倒木が朽木西部地域にとって唯一のアクセス道路である県道を寸断し、地区の孤立状態が解消するまで2日間、全面開通には1週間もかかった。

 県道は、普段でも対向車とすれ違うのが困難な区間が多い。朽木西部の一部は福井県の原発から半径30キロ圏内に入る。災害で道路が使えない時に原発事故が起きれば、身動きがとれない。自助の力にも限界がある。

 これまでから朽木西部の住民たちは滋賀県や高島市だけでなく、近隣自治体にも道路改良の要望を続けてきた。「立派な道を求めているのではない。せめて安心して離合できる程度にしてほしいだけなんだが」

 ■『役所がやってくれる』意識

 風もないのに街路樹が大きく揺れ、路線バスが急停車した。昨年6月18日午前7時58分発生の大阪府北部地震で、震度5強の揺れに襲われた八幡市の男山第3住宅前。登校する子どもたちを見守っていた治金(はるかね)一男さん(81)はあわてて子どもたちにしゃがむよう指示した。住宅管理組合自主防災・防犯隊事務局長の治金さんは、子どもたちの避難を見届けた後、15棟に約690人が暮らす第3住宅へ大急ぎで戻った。

 「大丈夫ですか」。大声を張り上げて各棟を回った。かつて子育て世代であふれていた団地だが、今では70歳以上が3分の1を占める。老人クラブ活動などで住民と交流があるため、約30軒で要援護者の安否もすぐに確認できた。ただ、エレベーターがない5階建ての建物を回るのは年齢的にきつかった。「体が動くうちは頑張ります」と笑顔で話すが、将来的に誰がこの役を担ってくれるのかと思うと不安になる。

 12年間、同隊の隊長を務める関口寿さん(59)は、住民の防災意識をどう高めるのかに腐心する。災害が起きた直後は公助をあてにできないが、「住民は水や食料の備蓄をはじめ、避難所の開設運営なども『役所がやってくれる』という意識が強い」という。

 「自分の身は自分で守るということを住民に意識してもらえるかが課題」。治金さんと関口さんは口をそろえる。地方自治体の議員には、防災士の資格を取って住民に防災の知識を広める役割を担うことなどを期待する。

    ◇

 1カ月後に幕を閉じる平成で最後の統一地方選が京都、滋賀でも始まった。激変の31年間。バブル経済の崩壊や金融危機を経て地域は疲弊した。大きな自然災害が相次ぎ発生したほか、少子高齢化も加速し、住民や自治を取り巻く社会環境は揺れ動いた。平成の軌跡をたどりつつ、京滋の現場で課題と向き合い、次の時代へ一歩を踏み出そうとする人たちの姿を追う。