池田勇人氏

 池田勇人氏

 日本で五輪が開催された年は、必ず首相が退陣する―。永田町でささやかれる言い伝えが、にわかに注目を集めている。日本が開催地となったのは夏と冬合わせて4回。新型コロナ禍、無観客で開催を強行した菅義偉首相も「退陣ジンクス」の4人目に名を連ねる見通しとなった。

 日本初の五輪は1964年10月、高度経済成長に沸く中で開かれた前回東京大会。時の首相は、国民所得を10年で倍にする「所得倍増計画」を掲げた池田勇人氏だった。しかし、池田氏は同年9月から入院し、病名を「前がん症状」と公表。閉会式翌日の10月25日、療養に専念するため「首相の地位を辞任する」と声明を発表した。