東京パラリンピックはきょう、13日間の日程を終えて閉幕する。

 開幕前から新型コロナウイルスの国内感染者数が爆発的に増え、緊急事態宣言の地域は拡大した。医療が逼迫(ひっぱく)し、中止を求める声もあった。五輪以上に厳しい状況下だった。

 大会には史上最多の4400人余りの選手が参加した。「多様性」や「共生社会」の推進といったメッセージは体現できただろうか。

 感染対策として、選手たちは外部との接触を断つ「バブル方式」で行動したが、スタッフやボランティアなどパラ関連の感染者数は300人近くとなり、入院した海外選手も出た。

 東京、千葉、埼玉、静岡の1都3県の全会場は、五輪と同じく原則無観客となった。

 特例として、地元の児童生徒を対象にした「学校連携観戦プログラム」が用意されたが、感染状況の悪化を受け、辞退する自治体や学校が相次いだ。

 来日する海外選手と全国約100自治体で予定された交流事業も、大半が中止やオンライン開催となった。

 障害のあるアスリートと直接対話したり、競技に全力を尽くす姿を目にしたりする機会は失われた。残念だが、やむを得ない判断だったといえる。

 大会には161の国・地域などから参加があった。

 イスラム主義組織タリバンが実権を握って混乱しているアフガニスタンからも2選手が来日を果たした。一時は危ぶまれたが、オーストラリアやフランスなどの支援で実現した。

 アスリートたちの障害の原因はさまざまだ。生まれつきの人もいれば、交通事故や戦禍で体の一部を失ったり、不自由になったりした選手もいる。

 2005年のJR脱線事故で大けがを負い、車いす生活になったアーチェリー女子選手は「一つ一つの経験を積み重ねて、ここまで来ている」と語った。

 予期せぬ障害を受け止めて挑戦する選手たちの姿勢に拍手を送った人も多いだろう。

 今大会に向け、パラスポーツの競技別ナショナルトレーニングセンターが京都府内2カ所など全国に設けられたが、今後の運営方針は未定だ。

 継続的な選手育成の環境整備が課題となろう。障害者が気軽にさまざまなスポーツに親しめる場も広げたい。

 公共交通機関や宿泊施設などのバリアフリー化も進められたが、道半ばだ。

 悔やまれる事故があった。視覚障害がある柔道男子選手が選手村で自動運転バスと接触して頭などを打ち、欠場せざるを得なくなった。

 安全に使える環境を整えるために、利用者の目線が欠かせない。

 世界人口の15%にあたる約12億人に何らかの障害があると推計される。国際パラリンピック委員会は複数の国際組織と連携し、10年がかりで障害者の人権を守る運動を始めた。大規模スポーツ大会を開くなどして「共生社会」の実現を目指す。

 東京パラ開催を、障害による偏見や差別のない社会を築いていく出発点と認識する必要がある。