明智光秀と丹波地域との関わりなどを伝えるパネル展(京都府南丹市園部町・アスエルそのべ)

明智光秀と丹波地域との関わりなどを伝えるパネル展(京都府南丹市園部町・アスエルそのべ)

 本能寺の変や丹波攻めで知られる戦国武将明智光秀と丹波地域との関わりなどに焦点を当てたパネル展が、京都府南丹市園部町のアスエルそのべで開かれている。知られざる歴史に来館者が見入っている。


 同市や京丹波町などの有志でつくる「丹波史談会」が主催。光秀が丹波を支配するために京都市右京区京北に周山城を築く際、近接する南丹市美山町や同市日吉町の寺を壊して建設用の資材を得ようとしたことや、日吉町の賀善寺の柱には徴収するための目印の焼き印が今も残っていると伝えている。


 日吉町の一部を領地とした能の名門・梅若家の広長は織田信長に仕えたが、本能寺の変では光秀に加勢したと説明。信長の一代記「信長公記」では、広長とされる「梅若大夫」ができの悪い能を演じ、信長が立腹したというくだりがあることも紹介している。10月2日まで。