あんだんての事務所で福本早穂代表と話をする40代母親(京都市山科区)

あんだんての事務所で福本早穂代表と話をする40代母親(京都市山科区)

 不登校になった子どもの保護者は、さまざまな苦悩に直面する。子どもとの向き合い方や学校との対応、昼間の過ごし方…。日々、葛藤する中、心ある人の支えを得たり、自らの考え方を見直したりしながら、それぞれの家族の形を取り戻している。

 「親の気持ちを優先していました」。京都市内の40代母親は高校2年の息子が不登校だった中学時代を振り返った。

 息子には「いい大学に進んでほしい」と小学生の時に受験を勧め、私立中に合格した。入学後、通学の疲れから学校に行けなくなり「休みたい」と言い出した。両親は「そんなことではだめ」と登校を迫ったが逆に学校を休むようになった。

 そこから親子の関係が悪化した。息子は昼夜逆転し、自宅でゲームなどをして過ごした。両親が注意すると「何も分かっていない」と不満を爆発させた。壁に穴が開いたり、ふすまが破れたりすることもあった。

 息子は中1の途中で公立中に転入したが、不登校は続いた。両親は相談機関を探し、不登校の当事者や家族をサポートする「親子支援ネットワーク♪あんだんて♪」(山科区)に出会った。相談に行くと「しんどいね。でも、みんな経験したこと。絶対大丈夫」と言われた。「それまで先が見えなかったが希望が見えた」

 助言を受け、両親は考え方を変えた。「頑張れ」と励ますのでなく、「今まで頑張ってきたんだな」と息子の気持ちに寄り添うようになった。「どうしたら学校に行けるか」ではなく「どうしたら家で安心して休めるか」を大事にするようになった。次第に息子も落ち着きを取り戻した。

 現在、息子は元気に高校に通う。母親は「自分も『こうあるべき』ということから抜けだせ、生きやすくなった。『不登校になることで家族を再生してくれた優しい子やね』と言われ前向きになれた」と語った。

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 食卓に残された弁当箱。前日、不登校の中学生のわが子が「明日は学校に行く」と言ったから、早朝から好物を詰めて作った。しかし、その日の朝になると、「やっぱり行けない」と足は学校に向かなかった。昼、子どもはその弁当を黙って食べていた。

 「そんなことが何回もありました。どんな思いで弁当を食べていたのかと思うと。何度も泣きました」。京都市内の50代母親は、現在高校1年となった子どもが不登校だった中学時代の思いを語る。