東京五輪のフェンシング男子エペ団体で、日本初の金メダルを獲得した宇山賢(さとる)(三菱電機、同大出)が京都新聞社のインタビューに応じた。途中出場した1回戦で逆転劇に貢献。その後、決勝まで大車輪の活躍を見せたフェンサーは当時の心境を振り返り、大会の価値や金メダリストとしての矜持(きょうじ)を語った。

-自身初の五輪を終えて思うことは。

 「(4番手の)交代選手(としての代表選出)だったので、胸を張って『オリンピックに行ってきます』と言えない悔しさがあった。それが、ちゃんとオリンピック選手になれたと報告できるとともに、素晴らしいメダルを持って帰れた。チームや多くのサポートのおかげ。他の国際大会とは違う、オリンピックの価値の大きさを感じている」

-五輪では3人のチームで戦う団体1回戦の米国戦から途中出場し、窮地を救った。

 「4番手として出てそのまま負け、『やっぱり交代選手ってそんなもんか』と言われるのが死ぬほど嫌だった」
 「リードをつなげれば日本に勝てるというのが米国の心境。相手が攻めの姿勢で向かってきたら厳しかったが、守りに入った。国際試合の団体戦がコロナ禍で開催されず、僕自身が1年ちょっとぶり。不安はあったが1点目を突いた時……