店前で作業をする2代目の佐々木一郎さん

 新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう中、今年で創業100年目を迎えるパン屋がある。

 京都市伏見区の納屋町商店街に店を構える「ササキパン本店」だ。

 京都で100年続いているパン屋は、私の知るところだと、大正8年(1919)創業の大正製パン所(上京区)が挙げられる。和菓子や漬物など、京都の伝統的な食べ物を取り扱う老舗とは比べようがないが、京都のパンの歴史からすると、100年目というのは稀有(けう)なことかもしれない。

 「一日一パン」の企画では、今年の2月25日に、ラグビーボール形が印象的な「メロンパン」を紹介した。

ササキパン本店のメロンパン(2月25日掲載)

 創業が大正10年(1921)と、昔のことなので、開店した詳しい日にちまでは知られていない。創業者は、佐々木政次郎(まさじろう)さん。「初代は、ハイカラなおじいちゃんだった。大正時代で、パンも出回ってへんし、新しいもん好きやったんかなと思います」と現在の店主・4代目の佐々木浩二さんが教えてくれた。

 創業当時は、「ササキパン本店」ではなく、「金龍堂(きんりゅうどう)」という屋号だった。

 残っていた写真から推測すると、金龍堂は、2代目・佐々木一郎さんのころに、「佐々木のパン」か「佐々木製パン」に名前を変えたのだろう。

 「3代目のころには、現在の『ササキパン本店』になっていた」と浩二さんは言う。

 ちなみに、屋号に「本店」がつくのは、昔、伏見駅や桃陵団地の辺りに小売店があったからだそう。

 屋号が変わっていくのは、時代ごとの流行に合わせていたからなのかと想像する。

 浩二さんが、今のササキパン本店を継ぐことになったのは、20歳ごろのこと。

 「ぼくは次男です。長男がずっとやっていた時もあったけれども、合わへんかったみたいで、出て行ったから。大学1回生だったけど、誰かがせなあかんなぁと思ってね」と当時を振り返り、語る。

 浩二さんが高校生の時に、兄が出て行った。そして、しばらく考えて、店を継ぐことを決心する。浩二さんの決意を知った3代目・佐々木幸夫さんと3代目夫人・恭子さんたちは喜んでいたという。

 パンづくりについて、幸夫さんに指導してもらったのかと訊ねると、

 「あまりそういうのはないんです。見て覚えるという感じです。『丸めろ』と言われて、上手に丸めることすらできませんでした」と浩二さん。

 幸夫さんの技術を目で見て学びつつ、細かいことは、ずっと働いているパン職人に教えてもらった。パンづくりの技術はそのように受け継がれていく。

 働き始めて10年ほどの歳月が経ったころに、幸夫さんのつくるパンに近づいてきたという実感が湧いてきたという。

 現在は、浩二さんを含め、4名のスタッフで店を切り盛りしている。

 「コロナの影響で、観光客はきはらなくなりました。この辺は観光地なので、平日でも大型バスが来ていました。団体で通らはるから、分かるんですけど、そういう光景が全くなくなりました。今は地元のお客さんが、コロナやけどきてくれはるし、本当にありがたいです」と浩二さんはちょっと厳しい表情を緩め、優しい笑顔で語ってくれた。

 地元・伏見の客に支えられて、納屋町商店街の店前に今日も懐かしいパンが並ぶ。

 その懐かしいパンたちは、まだ出口の見えないコロナ禍の中で、地元住民の不安な気持ちをふわりと包み込んで、安心させてくれているのかもしれない。

ササキパン本店のスタッフたち。右端が浩二さん(京都市伏見区・ササキパン本店前)

※撮影時のみマスクを外しております

 ☆「一日一パン」は、京都市を中心に、京都や滋賀のパン店をめぐり、毎日ひとつのパンを取り上げ、写真と記事で魅力を紹介する、「ライトプラン」以上の有料会員向け記事です。9月19日〜25日に公開される記事は、特別企画として無料でお読みいただけます。