西陣小が倒壊した現場(「京都西陣小学校の倒壊」大阪市立図書館デジタルアーカイブより)

西陣小が倒壊した現場(「京都西陣小学校の倒壊」大阪市立図書館デジタルアーカイブより)

瀬田川の鉄橋上で横転した急行列車(1934年9月21日付、京都日出新聞夕刊より)

瀬田川の鉄橋上で横転した急行列車(1934年9月21日付、京都日出新聞夕刊より)

 「お母さん、助けて。先生、助けて。そんな声が80年以上たった今でも耳に残っています」。1934年9月、当時「観測史上最強・最大」といわれた室戸台風が京都市を襲った。木造校舎の多かった市内では、小学校の校舎が倒壊し、幼い子どもたちの命が失われた。自身も校舎の下敷きになり生還した98歳の女性は、当時の惨状を今も鮮明に記憶する。女性の証言を元に、室戸台風の被害を振り返る。

 女性は、京都市上京区の佐々木治子さん(98)。34年9月当時は西陣小の5年だった。9月21日、少しきつい風の中、佐々木さんは傘をすぼめながら登校した。

 「あのころは『学校を休ませてはいけない』という風潮がありました。欠席するなんていう考えはありませんでした」

 台風は21日午前5時に高知県の室戸岬を通過、大阪湾へと進んだ。気象庁ホームページ(HP)によると、室戸岬では最低気圧911・6ヘクトパスカルを観測。猛烈な力を保ったまま、台風は午前8時半ごろ京都市へと到達した。京都市が室戸台風の被害をまとめた「京都市風害誌」によると、最大瞬間風速は42メートルに及んだ。

 登校した佐々木さんは、2階にあった5年の女子教室から窓の外に目をやった。

 「瓦が飛んでいく様子が見えたんです。先生からの指示で、窓側に机や椅子を集め、子どもたちは窓と反対側に固まるように言われました」

 その直後だった。

 「南側にあった教室の窓ガラスが一斉に割れました。慌てて廊下へ出ました」。佐々木さんは外へ駆けだそうとした。しかし、次の瞬間、木造2階建ての校舎は強い風にあおられ倒壊してしまった。

 しばらく意識を失っていたようだった。気がつくと、体は校舎の下敷きに。頭上のがれきの隙間から空が見えた。耳には佐々木さん同様に下敷きになった子どもたちの悲痛な叫び声が届いた。

 「『お母さん、助けて』『痛い』『先生』と泣き叫ぶんです」

 少したつと上からミシミシという音とともに、「助けるからしっかりせえよ」「もうちょっとや。がんばれ」という声が聞こえてきた。