園部城跡で見つかった土居の遺構。防衛力を強化するために築かれたと考えられる(京都府南丹市園部町)

園部城跡で見つかった土居の遺構。防衛力を強化するために築かれたと考えられる(京都府南丹市園部町)

 京都府南丹市教育委員会は、同市園部町の園部城跡で、幕末から明治にかけての改修で築かれた土居(土塁)の一部が初めて見つかった、と発表した。幕末の動乱期に城の防衛が強化されたことがうかがえ「完成後すぐに廃城となっており、園部城が時代の変化に翻弄(ほんろう)された状況が分かる」としている。


 園部城は、城に近い造りを持つ陣屋として1600年代前半から機能。正式な城としては1869(明治2)年に完成し、72年に廃城となった。調査地は市役所東側の駐車場で、新庁舎建設に伴い発掘が行われた。


 見つかった土居は高さ1~1・5メートル、幅約4メートル。土層や一緒に出土した陶磁器の破片などから、幕末ごろに築かれたとみられる。


 明治初期の同城を描いた「園部旧城見取図」(府立京都学・歴彩館所蔵)にも、土居とみられる構造物が描かれ、上には攻め込む敵に弓や銃を放つための塀が築かれていたことが分かる。周辺の建物との比較から、本来の高さは4メートル超、全長は数百メートルに及ぶ大規模な構造物だったと推定される。


 市教委は「100年先を見据えた大きな工事だ。廃城の命令は唐突で、想定していなかっただろう」と指摘する。