JR城陽駅から南東に800メートルほど、樹木に囲まれた心地の良い参道を進んでいったところに、水度(みと)神社があります。境内は、アカマツを交えたシイ林が広がり、周辺が宅地化した中でも、自然豊かな環境を保持しています。参道から水度神社の境内一帯は「京都の自然200選」にも選ばれています。

水度神社

 水度神社は、平安時代に編さんされた延喜式神名帳に官社として名を連ねる格式ある神社です。創建は平安時代初期と伝えられており、天照大神(あまてらすおおみかみ)・高御産霊神(たかみむすびのかみ)・少童豊玉姫命(わだつみとよたまひめのみこと)の三座をまつります。江戸時代には、旧寺田村の産土(うぶすな)神として崇敬され、現在でも参拝者が絶え間なく訪れる、地域の方々に大変親しまれている神社です。

 本殿は、室町時代中期の文安5(1448)年に造営されたことが棟札からわかり、造営年代が明らかな建築としては城陽市内で最も古い遺構です。明治39(1906)年には、細部の彫刻がいずれも室町時代中期の様式をよく示しており貴重であるとして、重要文化財に指定されました。

竣工した水度神社本殿。屋根正面に千鳥破風といわれる装飾屋根が付いている

 本殿は、正面一間、側面二間の一間社で、屋根は切り妻造りの正面側を前に伸ばした流(ながれ)造りという形式をしています。屋根正面には、千鳥破風と言われる三角形の装飾屋根が付いている点が大変特徴的です。奈良には、切り妻造り妻入りの正面に庇(ひさし)が付いた春日(かすが)造りと呼ばれる形式の神社が多くありますが、水度神社のこの屋根は、京都と奈良の中間地点にあって、京都の流造りと奈良の春日造りの折衷様ではないかとも言われています。

 屋根は、厚さ1・5ミリに仕立てたひのきの樹皮(檜皮(ひわだ))を少しずつずらして重ねながら並べる檜皮葺きと呼ばれる手法で葺かれています。一般的に、檜皮葺きの耐用年数は30年前後と言われていますが、これは、直接、日照りや風雨にさらされる部分が年月とともに少しずつ減って薄くなっていくためです。水度神社本殿では、前回の修理から35年以上が経過し、屋根・塗装ともに劣化が進んでいたため、今年2月から、屋根の葺き替えと塗装の塗り替えを実施しました。

檜皮葺きの様子

 屋根修理は、葺かれていた檜皮をいったんすべて取り除き、野地板と呼ばれる屋根下地の状態にして、傷んだ部分を修理した上で、新しい檜皮を葺いていきます。

棟札より見る修理歴

 葺き材の解体が終わり、小屋組の中を掃除したところ、たくさんの棟札が納められていました。水度神社には、本殿に付属する貴重な史料として、建立当初を始めとした棟札8枚が重要文化財の付指(つけたり)定を受けていますが、小屋裏には、それらを含む15枚の棟札が保管されていました。これだけの数の棟札が残るのは、文化財でも珍しく大変貴重です。棟札には、修理の時期や内容、関わった大工の名前等が記されているため、水度神社本殿のこれまでの修理履歴を知ることができます。左に示す表は、棟札の年号から屋根葺き替えの間隔を表したものです。適切な時期に屋根葺き替えが行われ、今日まで守り伝えられてきたことがわかります。

建立当初の棟札。中央に「文安五戊辰年」の文字が見える

 また、本殿の柱や長押(なげし)といった木部には鮮やかな丹(たん)塗りが施されており、正面の蟇股(かえるまた)と呼ばれる彫刻や格子戸上の欄間は、繊細な意匠に淡い緑色(白緑(びゃくろく))が塗られ、見る人の目を癒やしてくれます。さらに、垂木木口や長押には飾金物を飾り、質素な中にも黄金の輝きが華を添えています。丹塗りは、中国から伝わった仏教建築に影響を受けたもので、仏教伝来以前に造られた日本古来の神社である伊勢神宮や出雲大社などには見られません。神社が赤く塗られたのは、建物を彩ることで魔除けや神性を表す視覚的な意味があるほか、朱や丹といった顔料は水銀や鉛などの金属を原料としているので、虫害や腐食から建物自身を保護する防虫剤防腐剤の役割もあるのです。

塗装完了後の本殿正面。欄間彫刻は笹りんどうと唐草がモチーフ

 日の光が心地よく感じられるこの季節、鮮やかによみがえった水度神社本殿を訪れてみてはいかがでしょうか。(京都府教育委員会文化財保護課建造物担当 稲田朋代)