卒業アルバムを手にする元級友の男性。2年生のクラスの集合写真には、自殺した男子生徒の在りし日の姿もあった(大津市内)=画像の一部を加工しています

卒業アルバムを手にする元級友の男性。2年生のクラスの集合写真には、自殺した男子生徒の在りし日の姿もあった(大津市内)=画像の一部を加工しています

卒業アルバムを手元に置き、自殺した男子生徒の当時の様子を振り返る元級友の男性(大津市内)=画像の一部を加工しています

卒業アルバムを手元に置き、自殺した男子生徒の当時の様子を振り返る元級友の男性(大津市内)=画像の一部を加工しています

中学校の卒業文集に改めて目を通す元級友の女性(大津市内)=画像の一部を加工しています

中学校の卒業文集に改めて目を通す元級友の女性(大津市内)=画像の一部を加工しています

 2011年10月、大津市立中学校の2年生だった男子生徒=当時(13)=が同級生らからのいじめを苦に自殺した事件から11日で10年。男子生徒や同級生らの級友だった男女2人=ともに京都市=が、初めて取材に応じた。当時を振り返り、身近にいてもいじめの兆候に気付くことの難しさを語った。

 痛ましい事件は、社会に出た2人にも大きな影響を与え続けている。大切な友人を失った経験から、いじめが少しでも減ることを願い、学校や生活の中で周囲がささいな「異変」に気付くことが大切と訴えた。

 会社員になった男性(23)は中1の時、自殺した男子生徒と同じクラスで休み時間などによく遊んだ。男子生徒は「めちゃめちゃ明るい性格」でクラスのムードメーカー。悩み事も聞いたことはなく、「友だちからわざといじられて笑わせるタイプ」に映った。思えば、この印象がいじめを見えにくくしたと感じている。

 2年でクラスが替わり、男子生徒と過ごす機会はなくなった。同中は1学年のクラス数が多く、教室が離れると顔を合わせることもなくなったという。久しぶりに見かけたのは同年9月の体育祭の時だった。

 同級生ら6人ほどが男子生徒の手足を押さえ、ハチの死骸を口に入れさせようとしていた。隠れた場所でなく男子生徒も笑っていたため、1年時のように「いじられている」と感じ、いじめを疑いもしなかった。

 その12日後の10月11日。男子生徒は午前8時すぎに自宅マンションから飛び降りた。授業は1時間目で中断し、顔面蒼白(そうはく)の担任教諭から自殺の一報を聞き、呆然(ぼうぜん)とした。原因は分からず「(詰めかけている)記者に話さないように」とくぎを刺された。後日、学校による全校生徒対象のアンケートでいじめの有無を問われ、体育祭で見た光景を思い直し、記入したという。

 この行為は、暴力などとともに裁判でいじめと認定された。遺族が元同級生らに損害賠償を求めた訴訟の大津地裁判決では、元同級生らと男子生徒は「いじる側といじられる側」の関係が固定化し、元同級生らが男子生徒を格下と位置付け、暴行などがエスカレートしたと指摘された。ただ、男性は同級生らによる暴力や、アンケートに記載があった「自殺の練習の強要」や「葬式ごっこ」は、目にしていないと振り返る。

 「今でも信じられない」。会社員の女性(24)は元同級生2人と同じ小学校から同中に進学し、仲が良かった。1人は周囲から頼られるタイプ、もう1人もやんちゃだがいじめをするような印象はなかった。

 中学ではクラスも違い、彼らが同じグループにいたことすら知らなかった。自殺後に男子生徒が元同級生の家に泊まりに行っていたことを聞き、「仲が良かったはずなのに、なぜ」と思う。いじめと認定された行為も見ておらず、確かなことが分からない。元同級生2人とは数年前に会ったが、あえて事件のことは話さなかった。ただ、今も自殺の真相を知りたい気持ちに変わりはない。

 事件後、中学校名はインターネットの書き込みなどで知られ、2人は高校に進学した時も、社会人になった今も「あの中学のあの代なら」と、事件について聞かれ、心を痛める。男性は「自分たちが考える以上に大ごとだった」。ネットでは元同級生の個人情報なども流れ、女性は「噂だけで決めつけて書き込むんだな。ニュースに出ていることが全てではないのに」と複雑な思いもある。

 いじめのニュースにも敏感だ。最悪の事態に至らなかったケースを知ると、男性は「よかった。自殺してない」と心から思う。いじめの延長に「死」があることを痛感しているからだ。

 当時、自分たちに何ができただろうか。自問を続ける男性は、いじめは「本当に見つけにくい」と感じる。小中学校の子どもにとってコミュニケーションの延長―。そんな感覚も残る。「だとしたら線引きは難しいし、いじめはなくならないと思う」。ただ、「当事者以外の周りの人なら線引きができる。おかしいなと思うことを見たら『いじめじゃないの』と、ささいなことでも先生や友だちに話してほしい」と願う。