日本人の名前が氏と名という現在の形に決まる以前には全く別の常識があった。京都出身・在住の若手歴史学者・尾脇秀和さんが、「氏名の誕生 江戸時代の名前はなぜ消えたのか」を書き「その場しのぎでいい加減だった」人名定着の舞台裏を明らかにした。

 佛教大大学院出身で、京滋を中心に古文書を発掘し解き明かしてきた。西京区大原野周辺では農民と武士という二つの身分を持つ「壱人両名」の人物を発見。江戸時代の身分制の実態に光を当て注目された。

 明治以前の名前は複雑だ。例えば淀藩最後の藩主で老中などを務めた稲葉正邦。