衆院選京都4区の候補者の公約と横顔を届け出順に紹介する。(敬称略)

■京都4区
吉田 幸一 47 党府委員   共新
北神 圭朗 54 元首相補佐官 無元(3)
田中 英之 51 文科副大臣  自前(3)

吉田幸一(よしだ・こういち)(47)共産新

吉田幸一氏

■北陸新幹線延伸争点に

 国民の命、健康より目先の金儲けが大事だといわんばかりの政権への怒りが世代問わず大きく広がっている。そのうねりをさらに大きく広げれば、政治は変わり政権交代は実現する。

 4区では特に北陸新幹線の延伸計画が大きな争点として浮上している。美山や京北を通る場合、トンネルを掘った残土の運び出しで大型ダンプが常日頃行き交い、自然の豊かさを求めて移住した人が住み続けられなくなるのではという不安の声を聞いてきた。

 前回の総選挙の時と比べても田畑が荒れている。自民党は選挙の度に「日本の農業を守る」と言うが、実際はアメリカの顔色ばかりうかがい、日本の農家の米は買い支えせず、日本の農業をつぶすようなことをずっとしてきた。

 コロナではっきりしたが、不景気で真っ先に生活が行き詰まるのは非正規雇用の若い世代で、特に女性にしわ寄せがいっている。8時間働けば普通に暮らせる社会、最低賃金を時給1500円へ引き上げる政治の実現を訴えていきたい。

<横顔>

 政治に関心を持った原点は立命館大生時代のサークル活動だ。公害による重度のぜんそくに悩む高齢者らと接し、非がない市民が国や企業などの影響で苦しんでいる実態に憤りを感じた。「おかしいことをおかしいと声を上げる人を増やしたい」。共産党の職員として社会問題と向き合い続ける道を選んだ。2男1女の父で、仕事と子育ての両立に奮闘する毎日だ。趣味の格闘技に時間を割く余裕はなく、新たに柔術を習いたいという淡い希望も胸にしまう。「末っ子を抱っこすることがもっぱらの運動」と苦笑いする。

北神圭朗(きたがみ・けいろう)(54)無所属元

北神圭朗氏

■子育て世帯に月10万円

 安倍・菅政権はコロナ対策と経済対策を同時に行おうとした結果、どちらも中途半端になり悪循環に陥った。中小零細企業は幅広い業種で経営が厳しくなっており、固定費を軽くするため消費税を限定的にゼロにし、融資の返済の凍結も進めたい。医療体制の充実の点では公的病院のコロナ患者の受け入れをもっと増やすべきだ。

 今の政治には国力を次の世代まで維持する考えが欠けており、子育て支援に充てる予算が少なすぎる。待機児童が多い0~2歳児の間、家庭で子育てする世帯は収入の心配がないよう月10万円を支給したい。企業内保育所の拡充などにも取り組み、出生率を2・0に近づける。

 食料安全保障の観点から、欧米諸国のように国が農家の所得をしっかり支える必要もある。コメのように作れば作るほど赤字になる現状では担い手がいなくなる。戸別所得補償制度を復活させ、税金で赤字を埋める以上の支援が必要だ。鳥獣害対策も喫緊の課題として解決していきたい。

<横顔>

 幼少期から18年間米国で育ち、財務官僚から政治家に転身。能力の高さが評価され、民主党政権時代は首相補佐官にも登用された。自分の考えを素直に訴えたいと今回は無所属を選んだが、比例復活はなく、選挙区勝利だけが当選の道だ。政治信条は「正心誠意(せいしんせいい)」。1文字目は一般的な「誠」ではないが、中国古典「大学」や勝海舟の言葉にもある表現という。「ただ誠意があるだけではなく、正しい心、判断が伴っていることが大切」と心に刻む。趣味のロック音楽は「評論家になろうかというほど詳しい」と自負する。

田中英之(たなか・ひでゆき)(51)自民前

田中英之氏

■保育現場サポート必要

 新型コロナウイルス禍が1年半ほど続き、社会経済がかなり疲弊している。ポストコロナにおいて日本経済を立ち直らせるため、政府を支える政権政党としてしっかりと予算を確保して国民の不安感や心配を少しでも払拭(ふっしょく)したい。

 私は保育事業者でもあるが、保育の現場はどんどんしんどくなり、重労働で保育士が足りなくなっている。例えば、午前8時半に出社なら子どもを預けるのは8時以前になり、退社が午後6時ならそれ以降に迎えに行くことになる。では、保育士はいつまで働いているんだろうか。預けるお父さんやお母さんの就業時間を少し縮めるなど、国がどのようにサポートするかを考えないといけない。

 国民投票法が改正され、憲法改正へ一歩踏み出すことになった。我が国の憲法は立派だが、自分たちでつくったものではなく、時代にマッチしているのかという問題もある。9条だけではなく、次の世代に対して時代に合った最高のルールをつくることが、私たちに課せられた使命だ。

<横顔>

 京都市議会議長を務めていた父親が亡くなり、意志を継ぐ形で市議となった。議会での質問では「国の制度が変われば」という答弁を何度も聞いた。国の方針が時に課題解消の壁となる現実に直面したことが、国政転身を決めた根っこにある。また2003年まで4区から選出され、その政治力から「影の総理」とも呼ばれた故野中広務元官房長官の存在も大きい。「野中先生から『日本国民のために一汗かく気持ちはないのか』と問われ、その言葉に震えた」。趣味は音楽で、ハードロックのバンドでボーカルも務めた。