「ここが、いわゆるタコ部屋の発祥の地です」。北海道の網走刑務所の一角で案内を受けた。正確には、「博物館網走監獄」に再現された受刑労働者の宿泊所である▼明治期の北海道開拓では、本土から集められた受刑者が道路建設などに従事した。逃亡を防ぐため鎖で足に鉄球を結わえられた。現場に張り付く姿が、岩に吸い付く「タコ」になぞらえられたという▼重労働と栄養不足で倒れると、仲間が土をかぶせて葬った。北海道各地には「鎖塚」が今も残っている▼受刑者の労役を発案した伊藤博文は「内地の危険を取り除き、囚人の更生になる」と書いた。「悪者は苦役で死んでも仕方がない」と記した政府要人もいる。犯罪者にはどんな扱いも許される、というのが明治政府の意識だったのだろう▼大阪刑務所で販売する日用品が高すぎる、と受刑者が訴え、大阪弁護士会が改善勧告した。受刑者が必需品を買う自由を不当に制限している、という。ティッシュペーパーが1箱594円、下着や歯ブラシも市価より高い。法務省は安くしているというが、無理がある▼罪を犯したのだから、苦難を受けて当然-。それが法務省の本音ではないか。「タコ」の強制労働を当然とした時代から、司法にはそんな意識が受け継がれているように思えてならない。