京都府公安委員会が19日、指定暴力団「六代目会津小鉄会」の名称を「七代目会津小鉄会」に変更する、と公示した。代表者を傘下組織「いろは会」の金元(きんげん)会長(76)とし、事務所所在地を左京区一乗寺とした。京都の暴力団動向と対策を振り返る。

 京都府警によると、六代目会津小鉄会は2017年、詐欺罪で実刑判決を受けた6代目会長(77)の後継人事を巡り、同会傘下「心誠会」会長を7代目とする文書が各地の指定暴力団に出回った。6代目会長は完全否定し、17年1月に当時の本部事務所(京都市下京区)で組員同士が乱闘する事態に発展。乱闘事件の後、金元会長と別の傘下組織幹部(65)がそれぞれ「7代目」を名乗っていた。

 6代目会長は、山口組から分裂した神戸山口組の組長と「兄弟関係」にあった。一方、山口組との関係を重くみる組幹部もおり、内部で山口組派と神戸山口組派による主導権争いが激化したという。

 1992年の暴対法施行以降、みかじめ料など「しのぎ」と呼ばれる資金確保が難しくなった山口組の傘下組織が徐々に京都を「浸食」し、京都や滋賀を地盤とする会津小鉄会との対立が激化。

 95年、警戒中の警察官が会津小鉄会系組員と間違われて山口組系の組員に射殺されるなど、発砲事件が30件を超えた。翌年には京都府八幡市内の理髪店で、会津系と中野会(のちに山口組から絶縁)の組員同士が撃ち合い、2人が死亡した。

 一連の抗争を90年代後半に「手打ち」にする過程で、会津小鉄側は当時の山口組主流派への依存を深めた。

 6代目会長就任の際は、現在の山口組組長の出身母体である弘道会(名古屋市)幹部が後見人となった。会津小鉄会4代目会長の息子が山口組傘下で大津市に「淡海一家」を構えるなど、山口組は京滋での勢力を拡大。一方、会津小鉄会は縮小の一途をたどり、京都府内の組員数は2010年に山口組を下回り、勢力が逆転した。

 七代目会津小鉄会の構成員は約70人(2018年末時点・京都府警調べ)。府警によると、10年間で約600人以上減った。

 内紛を機に京都府警は取り締まりを加速。乱闘に関わったとして2017今年6月以降、6代目会長、神戸山口組の組長、山口組系幹部ら計26人を次々に逮捕。同会傘下のある組長は「組を運営し続けてもメリットはない」と、乱闘事件後に組を解散した。

 京都市などの申し立てを受け、京都地裁は2017年4月、六代目会津小鉄会本部事務所(下京区)の使用を禁じる仮処分を決定した。自治体の申し立てで、裁判所が組事務所の使用禁止を命じるのは全国初だった。