沖縄文化の象徴である首里城(那覇市)の正殿などが火災で焼失してからきょうで10日。大きな喪失感が広がる中、再建に向けた支援の動きが加速している。

 失われた建物群は、県民の心のよりどころであるだけでなく、本土の私たちにとっても日本文化の多様性を実感させてくれる貴重な存在だった。

 再建までには乗り越えなければならない課題が多いが、幅広い支援の力と英知を結集して実現させたい。

 15世紀から約450年間続いた琉球王国の政治、文化の拠点だった首里城は、沖縄戦で米軍の攻撃を受けて全焼した。戦後、国や県が長い歳月をかけて復元を進めてきたが、今回の火災で正殿をはじめ、北殿、南殿など主要7棟が焼損した。

 建物群に収蔵されていた絵画や漆器など約1500点のうち約500点が焼失した可能性もある。残る約千点は回収したが損傷の有無の確認はできていないという。

 戦後の復元では、7棟だけで約73億円を要している。再建となると、資材や人件費が高騰しているため、さらに大幅に膨らむ可能性がある。

 そんな中、玉城デニー知事は本土復帰50年の2022年までに再建計画を策定すると表明。安倍晋三首相も首里城が国営沖縄記念公園の一部であることを踏まえ「政府として責任をもって取り組む」考えを示した。

 県と国がいち早く再建に前向きな姿勢を見せたことは、県民の喪失感を少なからず癒やす役割を果たしたのではないか。

 加えて再建への機運を高めたのは、海外も含めた支援の輪の広がりである。

 那覇市がインターネットを通じて始めた寄付の募集は、既に3万人近くの協力を得て目標額の4倍の4億円を超えた。

 首里城が沖縄になくてはならない存在として幅広く愛されてきたことの表れだろう。

 とはいえ、再建には費用面だけでなく、大量の木材や赤瓦の調達、職人の確保といったさまざまな課題がある。

 全焼した正殿の柱は、長さ10メートル、直径1・5メートルの大木が百数十本。1992年の復元当時は台湾産ヒノキの伐採が特別に許されたが、今は環境保護意識の高まりで入手が難しいといわれる。

 正殿の5万5千枚の赤瓦も再現が容易ではない。県内の瓦職人らでつくる組合によると、土の配合や瓦を焼く温度の調整など独特の技法で製作するが、瓦を作った職人が既に他界するなど伝統の技法を知る職人が不足しているという。

 ただ、前回の復元と違って設計資料がそろっている強みもある。粘り強く解決の道を探り、課題をクリアしてもらいたい。

 再建に当たっては、初期消火に有効とされるスプリンクラーの設置など、今回の火災を教訓にした防火対策の見直しも必要だ。

 年間280万人が訪れる首里城の焼損は、沖縄の観光業にとっても大きな痛手である。知恵を絞り、国を挙げて朱色に輝く雄姿を取り戻したい。