江上泰山氏

江上泰山氏

 1950年の金閣炎上を目撃し、後に金閣寺(鹿苑寺)執事長や臨済宗相国寺派宗務総長を務めた江上泰山(えがみ・たいざん)氏が19日午後3時42分、肺炎のため、京都市の病院で死去した。85歳。福井県高浜町出身。自坊は京都市北区等持院北町61、真如寺。本葬は24日午前10時、自坊で。喪主は長男正道(しょうどう)氏。


 福井県和田村(現高浜町)の同派寺院の長男に生まれ、1949(昭和24)年、中学2年で金閣寺に小僧として入った。翌年に金閣(舎利殿)が炎上。故村上慈海住職たちと共に再建のために托鉢に回り、現在の金閣を再建した。協力を惜しまなかった市民、財界に、晩年まで感謝を忘れなかった。


 その後、花園大を経て、神奈川県鎌倉市の円覚寺専門道場に入り、朝比奈宗源老師の下で12年間修行。78年に相国寺派教学部長、85年から17年間、金閣寺執事長を務め、金閣の修復を指導した。2002年からは相国寺派宗務総長を3期務めた。


 「大乗仏教の根幹は困っている人、教えを請う人に手をさしのべることだ」との信念を持ち、謙虚な人柄で親しまれた。執事長時代は、金閣寺は寺院なのに僧侶を見かけないと聞きつけ、時間の許す限り境内を歩いて観光客に語りかけた。