「まあ、一杯やれ」。突き出された杯は黒ずんでいて、つばもたまっている。それに気づいた相手は脇の丼で杯をゆすいだが、そこには入れ歯が浸してあった…▼かつて新党さきがけを結党した元衆院議員の田中秀征さんが、地元の有力者を訪ねた時の挿話である。地域の生き証人のような個性的な人たちとの対話は重要だ。田中さんは目をつぶって杯を一気に飲み干した▼地元行脚を始めたのは、支持者からもらった「選挙区の草一本、木一本に至るまで覚えていただきたい」との手紙に切実な願いを感じたためだ。訪問は足かけ3年、2万5千軒を超えた。村史などを読み込み、土地の事情も把握したと自著に記す▼有権者とじかに触れ合い、対話を深める-。国会、地方議員を問わず、住民の代表を務める者の宿命だろう。だが最近、有権者との接触が少ない議員が増えているとの嘆きを耳にする▼国会議員は「風頼み」傾向が強まり、世論調査の数字が気になる。地方議員はなり手不足の深刻化で無投票当選が相次ぐ。住民とのコミュニケーションを深めようとの気持ちが働かなくなるばかりではないか▼統一地方選が終わった。新たな議員たちは有権者とどう向き合うのか。一木一草とまでいかなくても、地域をくまなく知る努力は惜しまないでほしい。