花見に出かけた京都市内の嵐山付近で、写真に収まる真緒さん(右から3人目)と絵里さん(同5人目)ら家族=2012年4月15日撮影、祖母高田妙子さん(同2人目)提供

花見に出かけた京都市内の嵐山付近で、写真に収まる真緒さん(右から3人目)と絵里さん(同5人目)ら家族=2012年4月15日撮影、祖母高田妙子さん(同2人目)提供

 京都府亀岡市で集団登校中の児童らに車が突っ込み10人が死傷した事故は23日、発生から7年を迎える。「春の桜を見るのがつらい」。次女の小谷真緒さん=当時(7)=を失った絵里さん(37)は惨劇の起きた季節が巡ってくるたび、心をかき乱されてきた。だが真緒さんの姉妹の成長を見守る中、「真緒のことをみんなに知ってほしい」と願うようになった。同日午後0時40分から京都市右京区の京都先端科学大で遺族らが開くシンポジウムで、初めて市民に事故への思いを語る。

 「ママやで。分かる?」。2012年4月23日午後。医師たちが心臓マッサージを終え、事故後初めて向き合った娘は、既に冷たくなっていた。思ったほど傷のない顔に触れる。血と消毒液の混ざったようなにおいがした。娘の左手薬指を見ると、爪がはがれている。1週間ほど前に京都市内で花見などをした時、ふと寄ったチャペルの前で「結婚できるかなあ」と真緒さんが口にした記憶がよみがえる。

 病院の外に出た。「これからどう生きればいいの」。周囲には春の夜のにおいがたちこめていた。

 それ以来、春になって夜のにおいをかぐと、涙がつーっと流れ出てしまう。花見をするのもつらくなった。「みんなが明るい気分になる季節やけど、春は外に出たくない」

 だが事故から7年近くたち、絵里さんの凍った心に変化の兆しが生まれた。事故に巻き込まれ軽傷を負った長女の愛奈さん(15)と、三女の優奈さん(12)が今春、それぞれ高校と中学に入学した。成長を続ける娘たちに背中を押されるようにして、若い世代に事故の悲惨さを伝えたいという気持ちがわき起こった。

 これまでも数回、警察関係者の前で講演してきたが、一般向けに話したことはなかった。「講演しても社会は変わらない」と思っていたからだ。しかし、娘たちが成長し、事故を起こした元少年の当時の年齢に近づいてきた。「残された娘たちには幸せな人生を送ってほしい。周囲で事故が起こらないためにできることがある」。学生の多い大学という場もうってつけだった。

 優奈さんからは事故後、「ママみたいな立派な大人になる」という手紙をもらったことがある。「大人だけ前を向けないまま、という訳にはいかない」。娘たちに力を得て、惨劇の記憶を伝えるつもりだ。