被害者が納得しないままでいいのか、疑問が残る。

 旧優生保護法下で障害者らに強制不妊手術が繰り返された問題で、「反省とおわび」と一時金320万円の支給を盛り込んだ救済法が、参院本会議で可決、成立した。

 しかし、被害者らは、国会の場で意見聴取されずに法案が勝手に出来上がった、と不満の声を上げている。超党派議員連盟が昨年3月から議論を始め、法案作成の段階で意見を聞いたというが、それで十分であるはずがない。

 被害者が高齢化する中で救済法の成立は一歩前進だろう。しかし、急ぐあまり肝心なところをあいまいにし、被害者の痛切な声に耳をふさいでしまった。

 その一つは、おわびと謝罪の主語を「われわれ」とした点だ。国と国会を意味するというが、国の責任は極めて重く、ここは被害者が求めるように主語を「国」とすべきだ。救済を進める責任は、国にあることを明確にするためでもある。

 全国各地で知的障害や遺伝性疾患、ハンセン病を理由に不妊手術が続けられたのは、旧優生保護法(1948~96年)があったからだ。その後も被害を放置し続けたことを、国は重く受け止めないといけない。

 もう一つは一時金の額だ。スウェーデンの事例を参考にしているが、被害実態に見合うのか。仙台地裁などに被害者らが求めた国家賠償額は最大3千万円台後半であり、大きくかけ離れている。

 救済法が施行されても、裁判所は被害者の訴えを聞き、実態に即して判断してもらいたい。

 一時金支給の手続きにも懸念がある。被害者本人が請求する仕組みだが、知的障害の人や不妊手術を隠したい人もいる。

 国の統計では約2万5千人が不妊手術を受けたが、裏付ける個人記録は約3千人分しか確認されていない。記録がなくても本人の証言などで申請に柔軟に対応すべきだ。被害者には救済制度を知らせ、請求をサポートする必要がある。

 これで幕引きではない。被害の全容を調査し、実態を直視しないといけない。「不良な子孫の出生を防止する」という優生思想を、克服したといえるのか。遺伝子解析による出生前診断やゲノム編集など医療技術が急速に進んでいる。一方で、障害者を「不要」とみて殺害した事件が起きている。

 新しい生命倫理に直面する今日、強制不妊手術の問題をめぐる議論を改めて深める必要がある。