夜道を歩いていると、急に行く先が壁になり、どこへも行けなくなる。そんな不思議な話を聞いた人はいないだろうか。「塗り壁といって怖(おそ)れられている」と紹介したのは、民俗学者柳田国男の「妖怪談義」だ▼のちに水木しげるさんの漫画で一躍人気者になった壁の妖怪は、大きな体に目や手足がつく。だが、もともとの伝承では姿は見えないようだ▼世界を東西で隔てたベルリンの壁の崩壊から30年。冷戦が終わり、今よりも平和で豊かな世の中になると多くの人が期待したはずなのに、気が付くと先に進めなくなっている。あちこちに見えない壁ができていた▼「ヨーロッパに幽霊が出る。共産主義という幽霊である」―。よく知られる「共産党宣言」の冒頭で、幽霊は妖怪とも訳される。いま徘徊(はいかい)するのは大衆迎合的なポピュリズムか▼グローバル経済が格差を広げ、各地で反移民・難民の排外主義が台頭している。「こんなはずじゃなかった」「自分たちが大切にしてきたものが隅に追いやられている」。壁にはきっと、人々のそんな恨み節が塗り込まれている▼「妖怪談義」では塗り壁にあったときの対処法にも触れている。「棒を以(もっ)て下を払うと消えるが、上の方をたたいてもどうもならぬ」。なぜなのかは分からない。足元を見直せということか。