妖怪の鵺(ぬえ)を退治した伝説がある平安時代末期の武将で、当代一流の歌人でもあった源頼政は1180年、後白河法皇の子・以仁(もちひと)王を奉じて平家打倒の兵を挙げたが、かなわなかった。大津から奈良を目指して逃れた伝承の「頼政道」は、最終到達地の宇治に深いゆかりを残している。

 京都府宇治市東部の山麓、平尾台・木幡にはアップダウンの大きな1・1キロの市道頼政線が走る。一帯は1980年代などに開発された住宅地が広がるが、